誰が呼んだか「でこぼこさん」―。兵庫県丹波篠山市波賀野新田の秋葉神社でこのほど、恒例の夏祭りが催され、元気いっぱいの子どもみこしが巡行した。みこしには毎年、やさしい笑みをたたえた頭部だけの木彫り人形が乗せられており、際立つ存在感が異彩を放っている。「でこぼこさん」はその昔、集落が所有していた立派なだんじり(山車)に取り付けられていたものという。戦争の影響で60数年間、祭りの表舞台から姿を消し、半ば忘れられた存在になっていたが、約10年前、転機が訪れた。集落の若者たちの“軽いノリ”によって、再び祭りのにぎわいの中に担ぎ出されることとなったのだ。謎の首だけ人形の真相を追った。
だんじりの梁部分に取り付け 幕末頃制作か
住民によると、同地区の夏祭りは毎年7月18日に近い日曜日に営まれている。太平洋戦争半ばまでは、高さ約4メートルにもなるだんじりを巡行させていたが、現在は50年ほど前に地元の大工が手掛けた高さ約2メートルの子どもみこしが祭りに花を添えている。
「でこぼこさん」はヒノキの一刀彫。頭頂から首元まで約40センチ、額周りは約80センチで、人の顔よりずいぶんと大きい。首の下には、何かに差し込むための「ほぞ」加工が施してある。
集落の高齢者によると、だんじりの進行方向側の屋根の梁部分に取り付けられていたという。作者も制作年も不明だが、言い伝えでは幕末頃につくられたとされている。名前の由来は「今となっては誰にもわからない」ー。
太平洋戦争中の金属類回収令により、だんじりの車輪の外周に取り付けられた鉄の輪を供出。だんじりを巡行させることができなくなり、以後、同神社境内に建っていただんじり小屋の中で朽ちるに任せていた。
55年ほど前、老朽化しただんじり小屋を取り壊すことになり、小屋内で朽ち果てていただんじりを片付けていた際、がれきの中から「でこぼこさん」が姿を現した。人の顔をしていることもあり、「捨てるにしのびない」と集落の公民館の床の間に安置した。
転機は10年前 若者がノリで提案 「箔が付いた」
月日は流れ、現在、同公民館では、定期的に集落の住民有志が集まり親睦会を開いている。メンバーの男性(65)によると、約10年前の夏祭りを控えた親睦会で、酒に酔った若者たちが、飲んでいても床の間からずーっと視線を感じた。
「このまま床の間に置いているのもかわいそう。ご利益がありそうやし、子どもみこしに乗せてみるか」と冗談半分で提案。実際に乗せてみると、「みこしに箔が付いた」と、以後、毎年乗せるようになったという。
今年も無事に夏祭りを終えた自治会長(73)は、「若い世代に『でこぼこさん』の歴史やいわれを伝えたことがなかったのに、こうして再び祭りの舞台にあげられるとは。『でこぼこさん』から何かを感じ取ったのかなあ」と不思議がり、「これから先も地域の守り神として、子どもみこしに乗っていただきます。今日は心なしか一層笑っているように感じました」とにっこり。
子どもみこしを元気いっぱいに引いた女の子(10)は「神様みたいに見えるけど、そうなのかなあ。かわいらしい顔をしている」、男の子(9)は「別に怖い顔じゃないけど、家に置いてあったらやっぱりちょっと怖いかなあ」としげしげと眺めていた。