”待機”の母「税金なのに不公平」 恩恵ない上、働けない 幼保無償化で入園希望増の可能性も

2019.10.03
ニュース丹波市丹波篠山市地域

園庭で元気に運動会の練習をする子どもたち。幼保無償化による園への影響はまだつかみきれない=2019年9月20日午前11時20分、兵庫県丹波市内で

10月1日から幼児教育・保育の無償化がスタートした。対象となる子どもがいる世帯にとっては、大きな負担軽減につながる。一方、共働き世帯の増加と保育士不足の影響で各園の受け入れは現時点でも余裕がなく、いまだ”待機児童”がいる中、無償化に伴って「無料ならば」と入園を希望する世帯の増加が予想され、新たな待機を生む可能性もはらんでいる。

 

働く親が増加する?

無償化は、消費増税による税収増を財源に、全世帯の3―5歳児と住民税非課税世帯の0―2歳児を対象に、保育料を無料にするもの(給食費、おやつ代、バス代などは含まない)。

共働き世帯の増加に伴い、入園希望者は年々、増加している。その中での無償化に、行政や現場が最も懸念しているのが長時間枠の預かりが増えることだ。

園関係者らは、園児の認定区分の中で、特に「2号認定」(3歳以上で保護者が就労)が増加するのではと見込んでいる。従来、「働いても、給料が保育料になるだけ」と考えていた保護者が、「保育料が無償ならば、働きに出よう」と考えるようになる可能性が高いためだ。

ただ、厚労省によると希望しても園に入れない待機児童は、今年4月時点で、全国に1万6772人いる。都市部で受け皿づくりが進んだことなどから減少傾向が続いている一方、地方では、保育士の確保に加えて施設整備などが困難なため、保育の需要の増加に追いついていないのが現状だ。

 

いまだ待機児童存在

兵庫県内陸部の丹波篠山市では現在、幼稚園には空きがあるが、認定こども園、保育園ともに受け入れはほぼ限界。どの園にも入れない「待機児童」は昨年11月の入園申請の時点で3人いたが、その後、年度途中での申請もあり、さらに増加している。

隣接する同県丹波市では現在待機児童はいないものの、10月から預かり時間の短い「1号認定」(3歳以上で保育の必要がない)から、預かり時間が長い「2号認定」に切り替えた園児が11人いた。昨年同時期の変更は4人で、年度替わり以外の月に10人以上の変更は珍しいことから、すでに無償化の影響が出始めているとみられる。

長時間保育の増加は、母親ら保護者の社会進出ともいえるが、ただでさえ待機児童が出ている状況で、無償化によりさらに入園希望者が増えれば、待機が増加する恐れもある。

 

受け入れ先なく「まち離れるかも」

直接的に影響を受ける保護者らは、どのような思いで無償化を迎えたのか。

共働き世帯、2歳児の母親は、「3―5歳児の3年間で支払うはずだった保育料と比べると、100万円を超える差が出る。もうすぐ家を建てるので、めちゃくちゃ助かる」と、経済的な恩恵を喜ぶ。こども園を卒業した子を持つ世帯からは、「もっと早くしてほしかった」と”うらみ節”も聞こえてくるほどだ。

歓迎の声が上がる一方、手放しで喜べない人もいる。

「現実的に考えて、このまちを離れるということも考えてしまいます」

6歳、2歳の娘を育てるA子さん(28)。現在、長女は幼稚園に通っているが、A子さんは今年に入って離婚したことに伴い、働きに出るため、次女も認定こども園に預けようとした。

今年6月、入園を申請したものの受け入れは困難とされ、入園を待つ「待機児童」となった。かつて長女もこども園に預けようとした際、入園が遅れたことがあったため、「あり得る」とは思っていたが、当時よりも保育士不足は加速しており、「次女は無理かもしれない」とも考える。

仕事に就けないため、収入はゼロ。母子家庭に支給される母子手当などでなんとかやりくりしているのが現状だ。

余裕はまったくない。けれど、将来のための貯金もしたいし、子どもが習い事をしたいと言ったらさせてあげたい。

無償化の恩恵を受けるためには対象であることと、園に入っていることが大前提となる。A子さんには年間数十万円の恩恵は届かず、働きに出ていれば得られる収入も入ってこない。

さらにA子さんが暮らす地区は、公立幼稚園と私立こども園が併存していることから幼稚園に預かり保育がなく、次女が4歳になって幼稚園に入れたとしても、働く時間は限られる。このままではフルタイムで勤務できるようになるのは、学童保育のある小学校に上がる4年後。それまで貯蓄はできそうにない。

「無償化に使うお金はみんなが払っている税金なのに、不公平」と唇を噛み、「今は娘たちと3人でアパート暮らし。なら、下の娘も入園先がある都市部に出ることも選択肢の一つになってしまう。できれば地元を出たくはないけれど」と漏らす。

 

2園を”掛け持ち”も

3兄弟を2つの園に通わせている母親。2園それぞれからの運動会の案内に心が揺れ、無償化による園児増におびえる=2019年9月20日午後2時52分、兵庫県丹波篠山市内で

6歳、4歳、2歳の息子を持つ丹波篠山市のB子さん(33)。3兄弟は「待機児童」ではなく、園に通えている。しかし、長男は最寄りのこども園の幼稚園部に通っているが、下の2人は約10キロ離れた別の保育園に通う。

昨年11月、上の2人は別の園に通っていたが、長男が来年度から小学校に上がることもあり、クラスメートとなる同級生が多く通う最寄りのこども園に転園することにした。それまで内職をしていたB子さんは自営業の開業を予定しており、三男も同じ園に通わせることで、開業準備を進めることにしていた。ところが、こども園に転園できたのは長男だけ。下の2人は保育士不足のため入園できなかった。

それならばと転園をやめようとしたが、時すでに遅し。結果が出た時点で、それまでいた園の定員は埋まっていた。「まるで、いす取りゲームのよう」。下の2人がようやく入れたのは遠い園だった。

自家用車の送迎は往復で1時間。運動会や美化活動などの行事はすべて2園分。日程が重なることも多く、「どちらか」を選択せざるを得ないことがままある。

来年度の入園申請の時期が迫る。「長男は小学校に上がる。次男は幼稚園部なので最寄りの園に行けるはず。三男も一緒に行けたらいいけれど、もしだめだったら、また2つの園。無償化になれば、絶対に入園希望者が増える。考えただけで不安です」と悲鳴を上げる。

 

保育士の都市部流出が拍車

待機児童が存在する最大の要因は、全国的に問題になっている保育士不足。都市部だけでなく、地方も同様で、どの園も人員に余裕はない。

丹波篠山、丹波両市を管轄とするハローワーク柏原によると、保育士を含む「社会福祉の専門的職業」の有効求人倍率(求職者1人に対する求人数)は、今年7月末時点で両市合わせて「2・00」となっている。

丹波篠山市では各園の定員と園児数を見た場合、余裕がある園もあるものの、「定員はあくまで施設としての定員。現在の保育士数では事実上の定員は埋まっている」という。

丹波市は2年前、認定こども園の正規職員の月額給与を平均3万円アップしたが不足は続いている。4園をもつ市内最大の運営法人は、「職員が知り合いや保護者に呼びかけたり、ハローワークからダイレクトメールを送ってもらったりしているが見つからない」と漏らす。

さらに待遇が良い都市部への保育士流出も、地方の人手不足に拍車をかけている。関係者は、「短大の新卒者が都市部に流れる傾向は農村部の悲鳴」と話す。また、夕方以降の職員が手薄になっており、「長時間枠で預ける人が増えれば、シフト配置が難しくなる」と心配する。

 

入園許可「適正にして」

丹波市の園長らでつくる市保育協会は、市に「本当に保育が必要か、保護者の就労の実態をきちんと見た上で、適正な入園許可をしてほしい」と要望するなど、無償化に対する現場の危機感が募っている。

来年度の入園申し込みは10月以降に始まるため、現時点では保護者の動きが読めない状況。両市とも今年度、来年度から5カ年の「子ども・子育て支援事業計画」の策定に向けて動いているが、丹波市子育て支援課は「全員が希望の園に入れることが理想だが、子どもの数が減るなか、計画を立てる難しさがある」。丹波篠山市教委こども未来課も、「保育士がいない中、非常に苦慮している」と言い、「資格を持っている人がおられたら、ぜひ力を貸してほしい」と”SOS”を発している。

 

制度自体に疑問も

大部分には恩恵を、一部には不公平感を生んでいる無償化の制度自体を疑問視する声もある。

ある園関係者は「幼児教育の機会を平等に提供することが目的なら、家で子育てをしている世帯への支援がないのはどうなのか。働いている人は、その対価として利用料を支払う制度の方がいいのでは」と話した。

無償化の財源は消費増税による税収増分。今年度分は国が負担するが、来年度からは国が2分の1、県と市が4分の1ずつ負担するという。

保育士免許を持ちながら育児中で現場を離れている女性は、「利用者負担をなくすのではなく、保育士の待遇改善などに回すべき」と訴えた。

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