「感染者出た」探ると誤情報 新型コロナ巡り「噂」広がる 田舎特有の環境に不安感か

2020.03.22
ニュース

田園風景が広がる兵庫県丹波篠山市

兵庫県内では21日時点で107件の感染が確認されている新型コロナウイルス―。同県内陸部の丹波篠山市ではいまだ確認されていないが、先週13日の金曜日、「感染者が出た」という情報が記者のもとに寄せられた。県や市からの発表はなかったが、情報提供者は、「出た」と断言したため、急きょ取材に走った結果、誤った情報だったことが判明した。感染拡大の状況を見ると、いつ発生してもおかしくはないが、真偽不明の情報が飛び交う原因には、「隣近所が顔見知り」という地方ならではの環境があり、不安を広げているようだ。

 

 一報を受けたのは、13日午後。丹波篠山市に隣接する同県丹波市在住の知人Aさんから、「丹波篠山でも出たな」と言われた。丹波市では今月9日に感染者1人が確認されている。
 感染者の情報は、検査を経て陽性が確認され次第、行政が発表する。Aさんから話を聞いた時点で、なんら発表はなかった。ただ、普段の取材では行政の発表よりも住民からの情報の方が速いケースもある。
 Aさんがどのようにして情報を得たのか確認したところ、丹波篠山市に住む友人Bさんから聞いたとのこと。その場で電話してもらった。
 Bさんの話をまとめると、「丹波篠山市在住の人で、『C』という会社に勤務している人が感染した」「C社はきょう、平日なのに会社を閉めている。感染者が出たからだ」―という内容だった。
 すぐに県や市に確認したが、「そのような情報は入っていない」と回答があった。
 そこでC社に出向いたが、確かに会社には誰もおらず、インターホンも電話も応答がなかった。
 別ルートで情報を集めたところ、C社は2月に社員旅行で海外に出向いていたことが分かった。▽感染者が出たという情報▽休業▽海外への渡航―。記者も「情報は正しいのではないか」と思い始めたが、公からの発表がなければ真偽は確認できない。
 その後、記者の知人から連絡が入った。知人はC社に勤務する知り合いがおり、情報を確認してほしいと依頼していた。
 判明した事実は、▽感染者は出ておらず、全員元気にしている▽海外に行ったのは事実だが、情報収集に努め、感染に注意する体制をとった▽きょう、休業しているのは年に何度かある一斉休業日だから―。
近隣市で感染確認「出ても不思議ない」
 確かな情報を得て、ようやく胸をなでおろした。同時にこの噂がどのように広がったのかを解明し、また、真偽不明の情報に注意してもらう記事を書くべきではないかと考えた。
 昨今の新型コロナにまつわる情報や、1973年に愛知県で、「信用金庫が倒産する」という誤った情報が発端となり、取り付け騒ぎが起きた事件を覚えていたからだ。
 後日、あらためてBさんに連絡を取り、情報が誤っていたことを伝え、Bさんは誰から聞いたのかを確認した。
 Bさんは13日昼頃、近所に住むDさんから話を聞いていた。その後、すぐにAさんに連絡している。
 Bさんは、「近隣市でも出ているので、丹波篠山で出ても不思議ではないと思っていたが、感染者がうちの近くに住んでいるという話もあり、自分も感染して人にうつしたら大変だと不安になった。しかも、Dさんから話を聞いた後、ほかの人からも同じ話を聞き、『これは間違いない』と思った」という。
 また、BさんはAさんも含めて数人にこの情報を伝えており、「周りの人が心配だったから伝えた」と話す。誤った情報だったことについては、「C社には気の毒なことをした」とした。
複数人が同じ噂「間違いない」
 続いて、Dさんに連絡を取ったところ、13日に職場で出会った知人Eさんが話していたという。また、「今回の感染者は、大阪市で複数の感染者が出たライブハウスに行っていたという話もあった」という。
 Dさんは近くに住むBさんなら何か情報を知っているかもしれないと思って連絡した。この時点で、Dさんは、「出た」と断言せず、「こんな話がある」程度の伝え方だったというが、BさんからAさんへ、Aさんから記者へと情報が来たときには「出た」に変わっていたことが確認できた。
 Dさんは半信半疑の状態だったが、後日、市内の喫茶店で他の客がまったく同じ話をしている場面に出くわし、「間違いない」と確信を得たという。
 20日時点で、Eさん以降の情報保持者には連絡が取れていないため、なぜ、「C社の従業員が感染した」という話に至ったのか確認できず、噂の発信元を探る難しさを痛感した。
 しかし、BさんとDさんが、複数のルートから同じ情報を得ていることを考えると、相当数の人にこの噂が広がっているとみられる。
 ちなみに「ツイッター」で「丹波篠山 コロナ」で検索を掛けると、丹波市で感染者が確認された9日の翌日、「ついに丹波篠山でも出た」という投稿があり、17日にも同様の投稿がある。似た名前の別々の市を混同している可能性があり、いずれも別の投稿者が、「丹波市ではないか」と返信している。
「田舎はすぐに個人が特定される」
 18日、C社の社長に話を聞いた。噂が出ていることを伝えると、「そんな話はまったく聞いたことがなかった」とのこと。この日の時点でも体調を崩している社員はいなかった。また、Bさんの家の近くで暮らす従業員さえいないこともわかった。
 社長は、「社員旅行に行ったことが発端で、そういう噂が出たのかもしれない」と言い、「旅行社を通じて現地の情報に気を付けたり、産業医にも相談するなどして万全の体制をとった」と話す。
 真偽不明の情報の対象になっていたことについては、「場合によっては会社を閉めざるを得なくなる。誤った情報は勘弁してほしい」と憤慨した。
 市内のある男性は、「感染しても重症化するケースの方が少ないのはわかっているが、みんな『最初の感染者にはなりたくない』という思いが強い。なぜかというと、都会と違い、隣近所が知り合いの田舎は、すぐに噂が広がり、個人も特定されてしまう。『あの人が感染したらしい』と言われたら、自分だけでなく家族や親せきにも迷惑がかかる。それを恐れている」と話す。田舎特有のコミュニティーは助け合いにもつながるが、時として負の側面も顔をのぞかせる。
噂でも不利益生じた場合は法的問題に
 県丹波健康福祉事務所は、「もし感染者が発生したら、プライバシーのこともあって発表できる内容は限られているが、正しい情報をきちんとお伝えする。真偽不明の情報が流れるのは不安感が広がっているため。噂レベルのことは信じずに、正しい知識を得て、ご自身が感染しないように注意してほしい。心配事があれば、一つひとつ誠実にお答えするので連絡を」と呼びかけている。
 噂を流すことは法律的な問題はあるのか。熊本地震の際には、「動物園からライオンが逃げた」という悪質なデマを流した男が逮捕されている。
 丹波篠山市の法務専門員は、「悪意のある嘘の情報は論外。だが、自分は本当に信じていたとしても、確証が得られない情報を流し、相手に不利益が生じた場合、相手が個人なら名誉棄損、会社なら業務妨害になるケースも考えられる。また、口頭よりもインターネット上などに書き込むことは法的に訴えられる可能性も高まるので、真偽不明の情報は流さないように気を付けるべき」と話している。

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