家族から叱られることは本人のプライドが傷つけられ、受け入れることはできない。認知症の人を叱ったり、諭したり、説得することは難しい。
「病院で認知症の診断を受けたら『好きなことをさせてあげてください』と言われた。『叱ったらいけない』と介護の本に書いてあった。でも、どんなに頑張っても、叱らずにはいられない時がある。何でも言うとおりにさせたらこちらがへとへとになってしまう」という家族。事実、現実はそんなやさしいことでは済まされない。
ではなぜ、家族にできそうもない過酷な介護を求められるのだろう。認知症の人をなぜ叱らない方が良いのか、その原因と結果、因果関係が長年積み上げられ、介護技術として専門家から伝えられている。
いいえ、専門家でなくても長年介護で苦労してきた家族はちゃんと実証済みなのだ。「怒ったら、余計に怖い顔して怒り返してくるよ。その応酬に疲れ果てて、最後には自己嫌悪に陥るのは家族の方なんよ!」。何と見事な家族の介護理論。
もう少し付け加えさせていただくなら、家族から叱られることは、本人にとってプライドが傷つけられる、今まで家長や姑として家族をけん引してきたプライドが許さない。そんなプライドを介護を受けるようになったら捨ててしまわないといけないのだろうか…。
それはとても辛いことで本人は到底受け入れることができない。心身の低下をきたし、もの忘れや、できないことが増えたと、内心不安を抱えて生きている認知症の人にとって、過去の栄光は自分を支える誇りなのだ。
そのことに気づくことで認知症介護のツボがわかる。認知症の人を叱ったり、諭したり、説得することは難しい。怒れば怒るほど、険しい顔で感情的に反応してくる。説得すればするほど話の内容が理解できなくなる。
怒る人との関係が悪化すると、こちらの言うことを一切聞いてくれなくなる。本当は一番頼りたい人に頼れない苦しさが認知症の人の心を閉ざしてしまう。
「好きなことをさせてあげて」の真意は、今まで一番身近で共に暮らしてきた家族が「この人らしい」と言える生活を支えてあげることではないだろうか。
寺本秀代(てらもと・ひでよ) 精神保健福祉士、兵庫県丹波篠山市もの忘れ相談センター嘱託職員。丹波認知症疾患医療センターに約20年間勤務。同センターでは2000人以上から相談を受けてきた。