歌人 大畠良樹さん(丹波市山南町小畑)

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「存在と時間」突き詰める

20歳代半ばで、歌壇の登竜門といわれる角川短歌賞の最終候補に残り、翌年には次席に入った。これまでに出した歌集は4冊。2012年に丹波ひかみ農協専務になり、その後、組合長に就いた計9年間、短歌から遠ざかったが、今年6月に組合長を退任し、余裕のできた今、歌集を出すべく準備を進めている。
柏原高校時代、短歌同好会に入った。顧問は、歌人で国文学者として評価の高かった由良琢郎さん。師弟の縁は、由良さんが3年前に亡くなるまで続くが、「二度、破門されたことがあるんです」と苦笑い。一度目は、「先生の亜流になりたくない」という若さゆえの気負いがあった頃で、「お前は弟子ではない」と告げられた。このため、由良さんに連絡せずに角川短歌賞に応募。最終候補に残ると、由良さんから「よくがんばった」という旨のはがきが届いた。
初めての歌集『星辰の藍』を出版した1979年の頃にも、古典を重んじる由良さんの姿勢に対し、「古典を学ぶ必要はない」と主張したことから破門された。ところが、『星辰の藍』が、角川書店の選ぶその年のベスト歌集の一冊に選ばれ、「先生から『よくやった』とほめられたんです」とほほえむ。
「高校を卒業する頃、先生から、短歌を作る心得として『言葉によるデッサンを怠るな』『古典を学べ』『歌は哀切であるよりも痛切であれ』の3つを教わったが、できていませんね」と話す。
「生きて死と背なかあはせの押しくらべしてゐるときに蝸牛ふえゆく」。角川短歌賞の最終候補に残った時の50首のうちの1首だ。今後の作歌について、「存在と時間、意識の流れを突き詰めた歌をつくりたい」という。72歳。

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