「競争しながら協創を」 ロボット工学権威の金出氏 イノベーションの創出語る

2022.03.19
地域

「素人のように考え、玄人として実行する」の演題で講演する金出さん=2022年2月17日午後2時51分、兵庫県丹波市柏原町柏原で

産学官民が一体となって内外の人の力を結集し、地域発のイノベーション(新たなものを生み出し変革を起こすこと)を推進するプロジェクト「シリ丹バレー」の推進協議会設立を記念したセミナーがこのほど、兵庫県丹波市で開かれ、米カーネギーメロン大学ワイタカー冠全学教授の金出武雄さん(76)が、「素人のように考え、玄人として実行する」の演題で基調講演した。これまでの研究者生活を通してイノベーションが起こった経験談を語り、同協議会が目標とするイノベーションの創出について「競争しながら協創する」ことの重要性を訴えた。要旨を紹介する。

スマホのカメラ機能を起動して、人の顔にかざすと顔を認識して四角形の枠が出てくる。私が1990年代半ばに始めた研究成果の一つだ。

今日、顔認識、顔画像処理は日常生活に近いところで普通に使われている。アルバム写真の自動整理や空港のパスポート顔認証。能力は人間をしのぐようになったが、同時にプライバシー侵害やフェイクフェイスの問題が出てきた。2008年に「オバマ大統領、日本語を話す」というビデオを作って楽しんでいたが、問題のフェイクフェイスの先駆けとなってしまった。

イノベーションは日本語では技術革新と訳されることが多いが、元IBMの重役ニコラス・ドノフリオは、「イノベーションは発明と洞察の交わるところにあり、社会的・経済的価値の創造に結び付く。よって、社会的価値をつくらなければ新しいことをやっても意味がない。だからイノベーションは問題から出発しなければならない」としている。「こういう課題を解きたい」ということから始めなければならないということだ。

どこに、どう役に立ち、使われるか、何が起こるか、という成功を描くことが大事。成功は面白い。だから、もっと大きく、楽しく考え、ストーリーを広げる。他の人にも言いたくなる。これが大事。人に言うことで他の人が参加することができる。どんな偉い人でも1人でできることは限られている。他人に話して仲間になってもらうことは研究においては必要なこと。

成功するアイデアも、もとは案外、単純で素直なものである。素直な発想を邪魔するのは、それはなまじっか「知っている」と思う心、専門的知識である。専門家とは「こういうときにはこうするものだ」ということを習得した人。それ故、時に考えを狭くしてしまう。しかし実行には専門的な知識と技がいる。餅は餅屋。達人の作ったものはやはり違う。素人にアイデアを出させて玄人が実行するという意味ではない。考えるときには専門家としての思い込みを捨てるくらいの勇気がいるということを言いたい。

アイビジョンや自動運転を研究

私が最も楽しんだ課題として01年の「アイビジョン」がある。フットボールの試合「スーパーボウル」の中継で、映画「マトリックス」のようなリプレーをやりたいというアメリカの放送局の注文に応えた。

俳優を取り囲むように並べた多数のカメラで撮影した写真をつなげると、さまざまな角度から俳優の動きを見られる。映画の場合は「ここで演技をしなさい」と言えるが、選手の良いプレーはどこで起こるか予測できないので、このマトリックス状態を競技場のどこにでも作れる設備を構築し、プレーの進行に従って動かすという仕組みがなければならない。そこで、1台に多数のカメラを備えたロボットを33台設置した「アイビジョン」を構築。それらをつなぐケーブルだけで20キロメートルほどになった。

今日、多数カメラの技術は普通に使われている。スマホでもカメラが3、4つもある。アイビジョンのようなスポーツビデオは、東京五輪でも多用された。

また、自動運転の研究は、85年に始めた。最初は秒速1センチ。「本当に動いているの?」という世界だった。95年にはハンドルから手を放してアメリカ大陸の横断をやった。ピッツバーグからサンディエゴまで。自動運転率98・2%で完全ではなかった。19年、中国は完全自動無人運転自動車を杭州で動かしている。

アイデアは人に「話す」

イノベーションの3つの基本要素に、▽アイデア▽実現可能性▽社会課題―があり、この3つが上手に組み合わさったものが成功する。異なるバックグラウンドとの交流も大事。仲良くなることも大切だが、競争によって良いことが起こる。弱いものがいくら集まっても強くはなれない。それぞれの分野の強い人が集まって、競争しながら協創する。その時に「話す」ことが重要。「競争になるから、自分のアイデアを人には言わない」人がいるが、これは絶対成功しない。むしろ逆で、話すことによって切磋琢磨できる。この仕組みを理解しないと成功しない。

良い環境、住むところ、良い人が揃っていればイノベーションは自然と起こる。そういう意味では、丹波地域は伝統的に教育に熱心な土地柄で、優秀な人はいるし、良い気候と良い食べ物、そして都会から適度に近いなど恵まれた土地柄。シリ丹バレーの未来は明るい。

【金出武雄】1945年、兵庫県丹波市春日町生まれ。京都大学工学部、同大学院電子工学科博士課程修了。コンピュータービジョン、ロボット工学分野の世界的権威で、京大助教授、カーネギーメロン大学ロボティクス研究所所長などを歴任した。2016年京都賞(先端技術部門)、19年文化功労者など。

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