1人で醸す新たな酒
安価なパック酒用原酒を他社に販売する「桶売り」をやめ、自社銘柄の日本酒、純米酒だけを醸す蔵として再出発した初年度の仕込みをほぼ終えた。先祖から受け継いだ代表銘柄の「花鳥末廣」、地元鴨庄地区の地域活性化で始まった「百人一酒」に加え、自身が企画し、1人で仕込んだ新商品「神池」を発売。「おかげさまでよく売れた。新しい取引先もできた」と安どする。
鳥取大学農学部を卒業後、実家に戻り、家業を7年間手伝った。この間人生の転機があり、「人生一度きり。やりたいことをやろう」と、当時はまっていた車を改造する職に就こうと、自動車整備士の資格を取り、関東へ出て二十数年、風来坊のように首都圏近郊を点々とした。
2019年の帰郷直後に新型コロナで経営危機。再建に取り組むことになった。「若い頃は敷かれたレールに乗るのが嫌だった。自分でやろうと決めて戻った今は、気持ちが全然違う」。今季の倍の米を予約した、この秋からの造りも1人。こうじを造り始めると、2日間ろくに眠れないが、「トラックを運転し、引っ越しの仕事もしていた頃のしんどさを思うと、問題ない」と屈託がない。
従業員がいない小さな蔵だからこそ、失敗を恐れず、新しい挑戦をしたいと考えている。その一つが、天然の花から清酒用の酵母を取る「花酵母」。「市販の酵母ではなく、ここの酵母で、ここだけの味の日本酒ができたら。妙高山のクリンソウとか、神池寺にある植物とか、面白そうだ」。コンクールに出品し、腕試しをしたいとも考えている。「『全国清酒鑑評会』はハードルが高い。もっと小規模のものから少しずつ」と語る目は力強く輝いている。56歳。