地震被災者に「癒やしを」 阪神淡路経験の映画監督 能登支援へ

2024.01.21
地域注目

能登半島地震被災者に届けるたこ焼きと「トラッキー」のリュックを手にする近兼さん=兵庫県丹波市氷上町成松で

兵庫県丹波市の映画館「ヱビスシネマ。」の支配人で、阪神・淡路大震災で被災経験のある近兼拓史さん(61)が、石川県能登半島地震の被災地で、被災者にたこ焼きを振る舞い、リュックを贈ろうと準備を進めている。原動力は、多くの犠牲者と、悲しみに暮れる人々を目の当たりにし、「あんな地獄はない」と感じた、29年前の神戸での過去。同様の状況に陥る能登の人々に思いをはせ、「何かしないと耐えられない。つかの間でも癒やしを」と力を込める。

温かく、分けやすいものをと考え、たこ焼きにした。自身がメガホンを取った映画「たこ焼きの詩」に登場する、だしを効かせた自慢のレシピで作る。

リュックは、近兼さんが好きな阪神タイガースのマスコットキャラクター「トラッキー」のデザイン。子どもたちが中に大事なものを入れたまま遊べ、余震などの緊急時でも背負ったまま避難できるようにと用意する。

映画制作でつながった仲間たちと一緒に、ボランティアの受け入れ体制が整う来月以降、被災地へ向かう予定。東日本大震災の際も同じことをした。熊本地震の被災地でも、たこ焼きを提供した。

現地に行けない人でも、支援に「プチ参加」してもらえればと、支援費用を募っている。1000人分(1人前6個)の提供を目指すたこ焼きへは1口300円、100セットを目指すリュックへは同3000円。

「想像を超えることが起きると、茫然自失となり、無表情になりがち。少しでも笑顔になってほしい」と語る。

阪神・淡路大震災直後の、見るも無残なまちの光景(近兼さん提供)

近兼さんは阪神・淡路大震災の発生当時、神戸市長田区の10階建てマンションの7階で暮らしていた。部屋の中は「ストーブやコピー機がシェイカーの粉のように動いた」ほど、大きく揺れた。周辺はケミカルシューズ工場が立ち並ぶ地帯で、大半の建物が焼け落ちた。マンションの目と鼻の先まで火の手が迫った。同区の実家は全壊し、「2階が1階になった」。両親も下敷きになったが、運良く家具が「つっかえ棒になった」ことで引っ張り出すことができ、九死に一生を得た。

目にしたのは、家財の下敷きになって抜け出せないまま、延焼する火で焼け死んだ知人、倒壊した家の下敷きになったまま火の手が迫り、「助けて」と叫ぶわが子を見ることしかできない親―。「生き残ったことに申し訳なさを感じた」

凄惨な過去から、「少しは役に立つ人になりたい。一生分の悲しい目を見た。これからは、喜ぶ顔しか見たくない」と、映画監督を志した。

映画監督デビューを果たし、丹波市を舞台にした映画「恐竜の詩」「銀幕の詩」を制作した。また、元暴力団事務所の施設を買い取り、「ヱビスシネマ。」を開館。昨年は市内3会場で「丹波国際映画祭」を催すなど、映画でまちを盛り上げている。

たこ焼き、リュックの支援は、同映画館のショッピングサイトから。

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