昨夏までの日経連載小説、諸田玲子「波止場浪漫」の講演を聴きに静岡へ。清水次郎長が遺した船宿「末廣」を守り抜いていく養女けんの、医師植木との切なくも綺麗な恋物語が、富士山のもと、清水港の発展ぶりと交差しながら、明治と大正を幾度も往復して進む。諸田さんの亡母が次郎長の姪の後裔という縁もあり、なかなかの力作だ。▼講演で春秋子が注目したのは「私達に比較的近いのは太平洋戦争ですが(彼女は戦後随分経ってからの生まれだが)、その根っこは明治からずっとあったんですね」という述懐。▼小説では、日本が日清、日露、第一次大戦と戦勝を重ね一等国に成りあがっていく陰で庶民らは貧しさに耐え、かつ勝利の知らせのたびに熱狂する。しかし一人、けんの義母おちょうは、提灯行列などの場所には「足手まといになるから」と出向かず、超然としている。反戦でも冷ややかでもなく、ただ付和雷同しないのだろう。▼「元来心優しい人たちばかりであったはずの日本が、何故に太平洋戦争に突っ走ったのか」との問題意識を抱く春秋子は、読みながらずっと、一つの答えを垣間見る気がしていたのだが、あながち的はずれではなかったようだ。▼三保からの富士はとても美しく、小説末尾の「あした浜辺をさまよえば」の歌を口ずさんでいた。(E)