小話から―。医者「君、今のうちに会いたい人があったら言いたまえ」/患者「ありますとも、ただ一人きり、ほかの医者に会いたいです」―。国民的雑誌だったという『富士』に載った小話だ。発行は昭和20年。この年の5・6月合併号に載った。▼敗戦も濃くなった頃のこと。戦争を知らない世代からすると、暗黒一色に塗りつぶされた時期と想像しがちだ。確かに苦しみも悲しみも生半可でなかったろうが、そんな中にあっても人は笑いを求めていたことがわかる。▼人はなぜ笑うのか。『武士道』を著した新渡戸稲造は、「日本人は、人間の本質的な弱さがもっとも厳しい試練に直面した時でさえ、いつも笑みを浮かべる癖がある…それは悲しみや怒りの均衡をとるためのものである」と書いた。ほほ笑みは、試練に耐え、乗り越える力を与えてくれることを日本人は心得ているのだとした。▼ただこれは日本人に限ったことではない。マザーテレサは「ほほ笑みは、あなた自身の心を元気づける」と言い、「もっとスマイルを」と呼びかけた。人は、楽しいから笑うだけでなく、悲しく苦しいからこそ笑おうとするものなのだろう。それは、逆境に屈しまいとする人のたくましさ、気高さである。▼戦争と、戦時下での小話に、人の愚かしさと、人の持つ底力を知る。(Y)