「とかくに人の世は住みにくい」と嘆いた夏目漱石の『草枕』。そんな住みにくい世を少しでも住みよくするためにあるのが芸術だとした。「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い」という。▼植野記念美術館で個展を開催中の画家、笹倉鉄平さんには、漱石のそんな“芸術効用論”を思わせるエピソードがある。画家に転身して数年後に開いた個展の会場で、男性が「あなたの絵を見ていたら、世の中、捨てたもんじゃないと思えた」と笹倉さんに話しかけてきた。男性は自殺を考えていたらしいが、思いとどまったという。▼芸術性の高い絵を描かなければいけないというプレッシャーに襲われ、絵を描く意味を見いだせず、もがいていた頃。男性の言葉に笹倉さんの迷いは吹っ切れた。「見る人にやすらぎや希望が与えられれば、それでいい」と思ったという。▼笹倉さんは“光の情景画家”とも評される。「ぼくの絵は“光の絵”。ぼくにとって光とは希望そのもの」と笹倉さん。人は光にやすらぎを覚え、生きる希望を見つけるという。▼「一寸先は闇でも、その一寸先には光がある」。子どもたちに希望を与えたアンパンマンの作者、やなせたかしさんの言葉だ。闇の先には光がある。自殺を思いとどまった男性はそう思ったに違いない。(Y)