宮沢賢治に『狼森(おいのもり)と笊(ざる)森、盗(ぬすと)森』という作品がある。
新しい土地を求めていた百姓たちが、畑にするのに適当な野原を見つけ、それを開墾し、家を建て、人里と里山をつくるという物語。印象的なのは、開墾にあたって百姓たちが森に問いかける場面だ。
「ここへ畑起こしてもいいかあ」「ここに家建ててもいいかあ」。これらの問いかけに対して、森が「いいぞお」と答える。百姓たちは森の許しを得てはじめて開墾にかかる。
賢治の作品を読み解いた河合雅雄さんは、この場面を取り上げ、著書の中で「自然を征服するといった傲慢な気持ちは少しもなく、人は自然の恵みによって生きているのだ、というすなおな姿を見ることができます」と書いている。
自然に対して謙虚であったように、賢治は、人間界だけでなく、植物も動物も含めて宇宙に存在するすべてのものの幸せを願っていた。その考えが表れたのが、有名な言葉「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」。全体を顧みず、個々の幸福を追求する姿勢に反省を促す至言だ。
賢治の作品の挿絵を描き続け、賢治のふるさとである花巻市から先ごろ奨励賞を受けた篠山市の加藤昌男さんは、「賢治の物語には、より良い未来を築くためのヒントが隠されている」と話している。(Y)