アニメ映画「この世界の片隅に」が静かな人気を呼んでいる。原爆投下以前の広島や呉の風景を、片渕須直監督が資料を徹底的に調べ、古老らからも取材して再現したという。原爆ドームとなった産業奨励館のほか、レトロな商店街や遊郭の界隈が、いかにも「こうだったんだろうな」と思えるほどに描かれている。▼もっとリアルだったのは、原爆が落ちた瞬間の、主人公北條すずの家。爆心地から20離れた呉市郊外にあり、この朝、広島の実家に帰る予定だったすずは、義姉に手伝ってもらって支度をしていた。▼家全体が閃光で真っ白になったかと思うと、すぐ元の静けさに。近所から「今の何やった?」「雷かいのう」と声が聞こえてくるのと同時に、屋根の瓦がぱらぱらっと落ちてきた。「新型爆弾」と人々が理解できたのは、ずっと遅くなってからだったろう。▼広島の湾岸で海苔を干す実家から、呉の海軍の事務所に勤める夫の家に嫁いだすずは、どこかぼーっとしているが、芯はしっかりして生活力たくましい女性。広島弁の声が実に懐かしく聞こえたが、演じた女優「のん」が、朝ドラ「あまちゃん」の能年玲奈の新しい芸名とは、映画館を出てから知った。▼戦争そのものについて何も言わないのに、多くのことを考えさせ、もう一度観たいと思わせる作品である。(E)