30年間会長をつとめた足立前会長の後を受け、 丹波美術協会の会長に就任した。 今年は丹波美術展の40回記念展の年。 どのような展覧会にしていくかが当面の課題になる。
「協会も発足段階から数えれば、 40年くらいになる。 発足当初からかかわっているが、 美術展を見ようと思ったら、 都会に行かなければならなかった時代。 『丹波を美術の郷に』 というスローガンが協会の大きな目標でもあった。 しかし今、 丹波の各地域で絵画、 彫刻など色々な展覧会が開かれるようになった。 新たなスローガンをみんなで考える時と思う」
「結成当時、 青垣の三水会という絵画グループを中心に氷上郡内や多紀郡から10人くらいのメンバーが集まったと思う。 当時、 20、 30歳代の若手が福知山市展や豊岡市展にも出品し、 入賞者も出していた。 『丹波にも市展があれば』 と何度か思ったこともあるが、 その夢が実現して感慨深い」
「創立当時からのメンバーとはいえ、 60歳を過ぎた。 50歳代やそれ以下の若い世代への橋渡し役になれればと思い、 大役を引き受けた。 幸い、 中央の公募展などで大きな賞を取る若手が目立ってきた。 美術系大学を卒業して、 故郷に帰り、 教室を持つ人もある。 今年から、 事務局長を補佐する役員に2人の若手を起用した。 発足当初は皆無だった女性会員も増加の傾向で、 初めて女性役員も登用した。 そういう人たちの意見を反映させて、 活気ある協会にしていきたい」
「丹波美術協会の影響を受けて、 柏原高校美術部の現役部員とOBの展覧会 『柏美展』 の開催を手がけた。 今も展覧会が続いていることは喜び。 OBと一緒に展示することにより、 現役の生徒の刺激になり、 好影響をもたらしている。 丹波から芸術家が育ち、 愛好家が増える土壌作りをしていきたい」
創作の一方で、 教室で愛好者を指導。 「時代は変わっても協会創立当時のことを忘れないようにしたい」と言う。その一方で、 多くの創作家が育ってきた今、 協会の役割を、 育てることから創作家集団への移行を模索する。 行動美術協会会員で審査員。 丹波市市島町上牧、 61歳。 (臼井 学)