兵庫県篠山市の県守と垂水の境に「鬼坂」という峠がある―。このことを郷土史家の田中貞典さんが手掛けられた「篠山の民話集」から知った。「取材をする」という先輩記者に、私は撮影係として同行することにした。
県道508号の峠で、応仁坂とも呼ばれ、旧播磨街道の一部という。民話によると、昔この峠では山賊が出没した。村人たちは「恐ろしい峠」「鬼が出る峠」と噂した。
取材当日は一面銀世界。怖々、車を走らせ到着すると、なるほど雰囲気満点の峠だ。舗装路ではあるが側壁が今では珍しい石積みで、さらにその一部分がくり抜かれ地蔵がまつられている。向かい合うように野仏も安置されていた。周囲は昼なお暗い杉木立で、その情景に少しゾクッとする。撮影のさなか吹雪になり、峠道を勢いよく吹き抜ける雪と冷風で気が遠くなるのを感じた。これでは鬼より雪女が出てきそうだ。
あらゆる伝説や謎が白日の下にさらされてしまった現代に、少々つまらなさを感じている私にとって刺激的な場所であった。市内に点在する民話の舞台を取材して回るのも面白い。(太治庄三)