「言葉のいらぬ世界が仏の世界、言葉の必要なのが人間界、言葉の通用しないのが地獄」。これは仏教学者の曾我量深(りょうじん)の教えらしいが、含蓄に富んでいると思う。▼言葉とは、自他をつなぐ絆。お互いに相手を許し合い、以心伝心で通じ合っている仏の世界では、自他をつなぐ言葉はいらない。お互いがばらばらで、相手を思いやる心がさらさらない地獄では、言葉は通用しない。これに対して人間界では、お互いが結ばれあうために言葉は必要不可欠なものだ。▼見知らぬ人に初めて出会ったとき、「はじめまして」と話しかけることで相手とつながる。「おはよう」や「さようなら」も自他を結ぶ。言語学者の金田一秀穂氏によると、人と人をつなぐ言葉の働きをファティックといい、これが言葉の起源ではないかとされているらしい。あいさつはファティックの代表格だ。▼本紙5面の「自由の声」で神崎みき子さんが書いている駅員さんの声かけはほほえましい。改札口を通り過ぎる生徒に、「行ってらっしゃい」「お帰り。お疲れさん」とあいさつする。黙っていれば芽生えることのない人と人とのつながりがあいさつで生まれる。▼私たちが生きている世界は、言葉が必要な人間界。だからこそ、言葉の起源であるあいさつを大事にしたい。地獄に堕さないためにも。 (Y)