明治時代、親に見捨てられた子どもたちの救済に尽くした人物がいる。市島町の大野唯四郎だ。私財を投げ出し、募金集めに奔走し、自宅と大阪に施設を設立。貧しい家計の犠牲になった子どもを引き取って育てた。▼救済資金を捻出するため、4日間にわたって家財道具のせり市を行ったときには、親族らが「なんで他人の面倒をみるのか」と唯四郎を非難した。しかし「子どもの救済は、私にとって天地の恩に報いる道」とひるまなかった。▼児童福祉の先覚者といわれた唯四郎。その姿に、吉田松陰の言葉「私を役して公に殉(したが)う者を大人(たいじん)となす」を思い起こす。自分を投げ出して、浮浪児救済という公に奉じた生きざまは、立派な人をいう大人そのものだ。▼大人がいれば、つまらない人をいう小人(しょうじん)もいる。松陰は、「公を役して私に殉う者を小人となす」といった。公を使って、個人的なことに従事させるタイプの人は現代、あまたいる。▼学校に理不尽な要求を繰り返す親をいうモンスターペアレントは、小人の代表格だろう。休日や夜間に、軽症でも病院の救急外来に飛び込むことをいうコンビニ受診も小人の部類に入ろう。医師を疲弊させ、医療崩壊の一因となったコンビニ受診。唯四郎に学び、私と公の関係を問い直したい。(Y)