兵庫県丹波篠山市丹南地区のある大規模農家が、農地の賃借契約を結んでいた複数集落の地権者に無断で書類を偽造し、兵庫県の農地中間管理機構「兵庫みどり公社」を通した契約に変更したとみられるケースが複数あることが関係者への取材で判明した。また公社や一部事務を委託された市が、地権者の意向を確認していないなど、手続きに不備があったことも分かった。この農家は現在、連絡が途絶えており、多くの農地で草が繁茂。公社は取材に対し、合意のない契約ではあるものの、草刈りなどをすることを検討し、地元と話し合いながら早期解決を目指す意向を示した。
無断で記入、押印した書類作成
関係者への取材では、無断で契約が切り替わっていた地権者は少なくとも10人以上、農地面積は6ヘクタール以上になるという。兵庫みどり公社の丹波農地管理事務所(丹波農林事務所内)は、「実態を調査している最中」とした。
公社や市などによると、この農家は2018年から19年にかけて、地権者に無断で記入、押印した書類を作成し、農地を「貸付希望農地」に登録。自ら「借受希望者」となり、公社から無償で貸付されていた。
地権者は以前からこの農家と当事者同士で農地の賃借契約を結んでいたが、無断で契約を解除し、公社との契約に切り替えていた。直接契約のままの農地や、実際に農家が地権者と話をして公社との契約に切り替えていたケースも一部であるという。
住民によると、農作業が進んでいなかったことなどから、農家に今後の対応を求めていたものの、数カ月前から連絡がつかなくなったという。
その後、新たな農地の借り手を探すために契約状況を調べる中で、公社との契約に切り替わっていることが分かった。公社と市は、地元自治会に入り、住民説明会を開いており、説明会で初めて契約が切り替わっていたことを知った人も多いという。
公社「確認不十分」市「作業怠る」
公社は契約時に地権者の意向確認を行っておらず、取材に対し、「新規の貸付希望ならば地権者本人に連絡を取るが、もともと直接契約を結んでいた人との間での切り替えだったため、合意は得られているものだと思った。確認が不十分だった」と不備を認めた。
公社から契約の通知を受けた市は、農業委員会に諮った上で公告しているが、公告の通知を地権者に送付しておらず、市担当課は、「当時の担当者が作業を怠っていた」とし、公社、市ともに事態の発覚が遅れる要因をつくった。
当事者間の契約から公社を入れた契約にすることで補助金が交付される場合があるが、今回のケースでは地権者、農家共に補助金は発生していない。
そのため、なぜ書類を偽造してまで契約を変更したのか意図が不明で、関係者は、「農地集積の実績を上げることで、今後、融資を受けやすくすることなどを考えたのではないか」と推測しつつ、「しかし、どう考えても地権者に知られる可能性は高い。後で話をつけるつもりだったのが、先延ばしになっていたのか」と首をかしげる。
公社は、「公社が間に入ることで、貸す人、借りる人のどちらかに不都合が起きても、スムーズな切り替えにつなげられるが、契約当時にそれを考えておられたかは分からない」とした。また一部住民から、「国の方針を受けて農地集積を進める公社の実績づくりでは」という声があることについては、「当時の担当者に話を聞いたが、そのようなことは一切ない」とした。
「信頼していたので残念でならない」
ただ現状を放置していては来年の作付けに影響が出るため、公社は、「急ぎ全容を把握し、市や地元と話し合いを行いながら、今後の契約や新たな借り手について検討を進めていきたい」とした。
地元の男性は、「地域の農地の大切な担い手として農家の方を信頼していたので残念でならない。公社も市も責任がある。全容を解明し、再発防止策を考えてほしい」としつつ、「個人としては、農業の担い手が減る中で公社を活用した農地の集積に反対はない。しっかりと説明してくれていたらよかったのに」とし、「プランを作り直して、きっちりとした体制に戻したい」とした。
酒井隆明市長は、「このままではどうにもならないし、公社が入っていた農地、入っていない農地があり、今後の対応に差が出てしまう可能性もある。市としても不公平感のないよう、円満な解決に向け、前向きに公社と協議していく」とした。
◆農地中間管理機構 農業の担い手への農地集積や農地の維持を目的に、農地を耕作できなくなった地権者と農家の間に入る受け皿組織。2016年に農地中間管理事業に関する法律が施行され、国は2023年に集積8割という目標を掲げているが、現在、5割程度にとどまっている。