「子どもの難渋は母の心を動かし、若い男の難渋は若い娘の心を動かすが、老人の難渋はだれからも顧みられないものである」(ユーゴー)。難渋とは、困っている様子のこと。この言葉に微苦笑を誘われる人は多かろう。ウィットに富むが、少なからない真実味が胸を刺すからだ。▼長寿社会になった。しかし、長生きできても、見向きもされない老人にはなりたくない。周囲に負担をかけないよう健康を保ちたいと思う。長生きを素直に喜べないためか、いつまでも若々しくありたいと願う社会が、長寿社会の半面としてある。▼「お若いですね」「そんなお年には見えません」。これらが、ほめ言葉として通用するのは、若さに価値を置く社会だからだ。年をとっても若々しくあることを尊いとする風潮。それが行き過ぎると、老いは遠ざけたいものになる。でも、と思う。▼「老」には、衰えるという意味の一方、「徳の高い人」という意味もある。酸いも甘いもかみわけた人生の知恵者というニュアンスが、老にはある。そう考えると、老いることも価値がある。▼元文化庁長官の河合隼雄氏は、老いを遠ざけなかった。随筆で「私は、高齢者よりも老人の方が好きである」と書いているのは、衰えることも含めて「老」のすべてを受け入れたいと思われたからだろう。 (Y)