紅葉の美

2008.11.17
丹波春秋

 芭蕉に「此道(このみち)や行人なしに秋の暮れ」という句がある。秋の夕べ、誰も行く人のいない寂しい道をただひとり歩む。その道とは、俳諧の道でもある。俳諧ひと筋に生きる覚悟が伝わってくるが、覚悟に深みを与えているのが「秋の暮れ」だろう。▼秋の暮れは物寂しい。にもかかわらず、ひとり歩むという決然たる姿。秋の暮れを背景に置くことで、覚悟の輪郭が浮き上がってくる。春や夏の暮れでは、こうはいかない。秋の暮れの寂寞(せきばく)と、覚悟の雄々しさ。その二重構造が句の味わいを深くしている。▼暮れはとりわけだが、秋は総じて物寂しい。そんな季節に山や野は、紅葉で華やかに彩られる。丹波地方でも、もみじ祭りが各地で開かれ、紅葉をめでる人たちでにぎわう。▼ただ紅葉が美しいのは、その華麗さだけではない。はかなさも同居しているからだ。華麗な紅葉もやがて色あせ、枯れていく。紅葉の行く末がわかっているからこそ、私たちの心にしみるのだろう。華麗さとはかなさという二重構造が、紅葉の美を高めている。▼芭蕉の句が味わえ、紅葉に美を感じるのも、春夏秋冬の四季がはっきりしている風土だから、だとも思う。季節の巡りが私たちの美意識を養ってくれていることに思いをはせつつ、深まりゆく秋を満喫したい。 (Y)

関連記事