「林中の譚(たん)」

2009.10.01
丹波春秋

 政治ジャーナリスト、岸井成格(しげただ)さんの講演を聞いた機会に、「サルと人と森」という絵本を入手した。氏が理事長を務める「NPO法人森びとプロジェクト委員会」の発刊で、原作は石川啄木の「一握の砂」に収められている「林中の譚(たん)」。▼「人あり、ひとり林中を行く。樹上幾十尺の枝に一疋の猿あり、下瞰(かかん)して人に問ふて曰く、人よ、我は汝等の祖先なるに、汝等何故今我が族を嘲るや」。▼人は答えて、「何を言うか、俺たちは毛が3本足りないお前らよりよほど頭がいいんだ。家もあるし、服も着ている。木の実ばかり食べているお前らと違って、ずっとうまいものを食っているんだぞ」。▼サルは「おいらの毛は、四季を通して身を守る自然の衣服。家はこの森すべて。人間は手で立つことも足で物をつかむこともできない。ご自慢の文明の機械とやらは自分の手足を退歩させ、ますます怠け者にするだけじゃないか」と反論。怒って鉄砲を取ってこようとする人間にトチの実のつぶてを浴びせ、「遠く白雲落日の深山に遁(のが)れ去りたらむ」。▼岸井さんによると、この寓話が百年以上前、盛岡中学の校友会誌に寄せられた時は、あまりに先を見通していたせいか、決して評判は良くなく、これまでほとんど陽の目を見て来なかったという。(E)

関連記事