兵庫県丹波篠山市黒岡の春日神社境内にあり、保存・修理工事が行われている国重要文化財の能舞台の楽屋の屋根が取り払われ、屋根の傾斜に合わせて、「く」の字に曲がった1本の松を活用した構造材があらわになっている。公益財団法人・文化財建造物保存技術協会の専門家は、「非常に珍しい工法で、構造の世界では当てはまる名前がない」と驚く。2本の木を組み合わせたものではなく、強度が非常に強いことから、「〝最強〟の木の使い方。関わった大工の経験値とインスピレーションのすごさが垣間見える」と話している。
工事は今年1月に始まった。劣化が激しい楽屋と鏡の間、控えの間の屋根のふき替えや耐震補強などが行われている。
あらわになった松の構造材は2本で、それぞれ長さ5メートル、厚み20センチ、幅50センチ。屋根の傾斜にぴったりと合うよう、120度ほどに曲がっている。2本は同じ松の丸太から取ったとみられる。
「一般的な構造とは概念が違い、私も同僚も見たことがない」と、同協会技術主任の石綿吾朗さん(59)。
似た構造に「合掌梁(がっしょうばり)」があるが、通常は両側から木を三角形に組み合わせ、頂点の部分に穴を開けるなどして接合する。ただ、上から力がかかることで、時間の経過とともに外側に開いてしまう。しかし、同神社の楽屋の屋根はひと続きになった1本の無垢材を使用しているため、強度が強く、外に開いていくことがないという。
石綿さんは、「『こういう木がある』という情報を基に大工がイメージを働かせて『やってみよう』と思ったのでは。この建物のために曲がった木を育てることもできないため、もともとの工法ではなく偶然だと思う」と推測する。また、「建築や土木は『経験工学』と言われ、失敗の上に一番安全で経済性のある方法を積み上げる。そして、昔は紙の上で計算や理論を重ねるよりも、たった一人の棟梁の頭の中で出来上がっていた。今回の工法を考えた大工の経験値はかなりのものだし、それを認めた周囲の人もすごい」と目を見張り、「現代では同じように曲がった木があっても需要がないため、市場に出てこない。再現はできないだろう」とする。
松の構造材については、屋根裏から撮影した写真が残されており、一部の氏子らの間でも知られていたが、今回の工事で改めて全体が露出した。
石綿さんは、「文化財の修理でかなりの数の建物を見てきたが、まだまだ想像をはるかに超えた工法があり、『前例がない』と言うことは軽々しいと、謙虚な気持ちにさせられた。江戸時代の人々の技術の素晴らしさも改めて感じた」と言い、「丹波篠山市内で同様の工法でできた家があるかもしれない。あるとすれば非常に興味深い」としている。
能舞台の修理は明治21年(1888)、昭和60年(1985)、63年(1988)に行われているが、楽屋の屋根修理は行われていなかった。総事業費は約1億850万円で、うち75%を国が補助。残りを県、市の補助と地域住民らの寄付で賄う。完成は今年度中を予定しているが、来年度にまたがる見込み。
建物には覆いが施されているため、中の様子は見られない。タイミングを見て、見学会などを開く予定という。
◆春日神社の能舞台◆ 西日本屈指の名舞台として、2003年に国重文に指定。大坂城代や老中も務め、能を愛した篠山藩主・青山忠良が幕末の文久元年(1861)に寄進。楽屋も同時期に造られたと考えられる。棟札によると、大工棟梁は「稲山嘉七」と「永井理兵衛」とある。