亡くなった俳優の児玉清さんは、東宝のニューフェイスに採用されたものの、大部屋で不遇をかこっていた。黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」で一応役らしい役がついたのが2年後。「12人の新聞記者の中の1人」だった。▼しかし、スタッフが皆緊張している中で「そこの君、なんで腕組みしてるんだ」と怒鳴られ、口答えしたのが「生意気」と思われ、主役の三船敏郎に「何かコメントを」と迫る、たった一度のせりふのシーンすら取り上げられてしまった。▼悔しくて親友に「監督を殴る」決意を打ち明けたら、「それは面白い。世界のクロサワを殴りつけたら、一躍有名になるぞ」と煽られて却って気持ちが萎え、不発に終わった。▼後日、映画を観た著名なシナリオライターから「12人の新聞記者の中に埋まっていなければならない君が、1人俺だ、俺だと言う風に突っ立っていて、目障りで仕方ない。黒澤さんがよく我慢してたと不思議なくらいだ」と言われた。しかし別の演技担当者からは「あの若者があと10年あの気概を持ち続ければ、物になるかも」という同監督の言葉が伝わってきた。▼以上は著書「負けるのは美しく」(集英社)から。2年前、NHKの村上信夫さんらと共に会食した際、この本のことを話して下さった児玉さんは、実に腰の低い人だった。(E)