「たった1年でこんなに大きくなるとは、驚きです」。気仙沼市でカキ養殖に従事する菅野一代さんが、筏(いかだ)から引き上げたばかりのカキを1つむいて見せて、声を上げた。これまで3年かかって成長していたのと同じくらいの大きさという。▼震災後、カキ種(ホタテ貝殻に植え付けロープで吊るす)が品不足になり、自ずと密植出来なくなった分、成長が速まった。でも、理由はそればかりではない。津波が海底のヘドロをさらっていき、海がリフレッシュされた。これが大きいのでは、と菅野さんは言う。▼壊滅した陸前高田の市内を案内しながら實吉(みよし)義正さんは、草に覆われた黒い土の山を指して「あれは後から積んだのではなく、津波が瓦礫と共に運んできたもの。最初に押し寄せた波は真っ黒だったと、皆言っています」と話した。成程そういうことか。▼南三陸町で語り部をする後藤一磨さんによると、カキだけでなく、ワカメもよく育っている。「何百年ごとに大津波に襲われるのは、それなりのわけがあるということでしょう」。▼漁師たちは先祖代々、津波に痛めつけられながらも、決して離れてしまうことなく、また漁に就いて生きてきた。豊かな海が健在なればこそである。三陸地方を回り、惨状をも柔軟にとらえ直す人たちに、心救われた。(E)