贈与の精神

2013.10.19
丹波春秋

 先ごろ亡くなった漫画家のやなせたかしさんが生み出したアンパンマンは、お腹を空かせた人に自分の顔を食べさせるという異色のヒーローだった。それは、人のために自らを捧げる贈与と言える。アンパンマンのような自己犠牲を伴わなくても、田舎では贈与というのが近隣間などでしばしば行われている。▼「朝の7時ごろ、近所のおばあさんが『えんどうご飯を炊いたから』と持って来られました」。青垣町にある田舎体験施設で1カ月間過ごした堺市の女性から聞いた話だ。「住んでいる堺市のマンションではあり得ないこと」と、この女性は驚き、ほほえんでいた。▼近所に野菜やおかずを届ける。これらの贈与は、見返りを期待しておらず、その点で、見返りが必要な交換と異なる。交換は、贈ったものと同等の価値を持つものを返すことを求めるし、求められる。▼アンパンマンが、自分の顔を食べさせるのは交換ではない。自分を犠牲にしながらも見返りを求めない。だからこそヒーローであり、共感を呼んだのではないか。▼贈与は人間関係を広げ、深める。温かいつながりを生む。先の女性は「堺市は人が多いけれど、顔見知りは少ない。でも、こちらでは、人の数は少なくても、顔見知りが多くできました」と話していた。贈与の精神が生きていることも一因だろう。(Y)

 

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