忘れられない背中

2013.11.14
丹波春秋

 30年ほど経った今も忘れられない老人の背中がある。家を訪ねて取材を終え、部屋を辞そうとした時に見た背中である。▼男性であるその老人は長く肉体労働に従事した人で、老いたとはいえ、頑健そうな体をされていた。取材にも達者に応じられた。部屋を出る時にたまたま振り返ると、老人は畳の上であぐらをかき、後ろ向きに座っていた。その背中は丸まっていた。▼日が暮れ始め、薄暗くなった部屋に忍び込んだ憂愁も手伝っていたかもしれないが、哀愁はあっても、生気がうかがえない背中だった。不吉な予感がした。それからあまり日が経たないうちに、老人が亡くなった知らせが届いた。▼30年も前の光景を思い出したのは、最近、「目前心後」という言葉に出合ったからだ。これは世阿弥の言葉で、自分の目で前を見て、自分の心を背中の後ろに置く、という意味だそうだ。心から見て美しいと思える背中をつくることの大切さを説いたこの教えは、演技の世界だけにとどまらない。▼長嶋茂雄氏は現役時代、投手の背中を見ると、その日の調子がわかると言ったという。体調も健康状態もあらわれる背中。さらに人生の重みを担う背中には、その人の味わいさえもにじみ出る。なのに、自分の目では見られない。老人の背中を思い出しつつ、「目前心後」をかみしめた。(Y)

 

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