柏原病院の小児科存続危機(下)

2007.04.16
丹波の地域医療特集

 県立柏原病院産科は、 柏原赤十字病院の産科休止による影響分と合わせ、 3人の医師で、 今年度年間400前後の分娩を引き受ける予定をしていた。 しかし、 酒井國安前副院長 (小児科) を院長にする県の4月の人事異動で小児科の実働医が1人減り、 後任医師の補充がないことに端を発した同科の存続危機で、 産科が休診の瀬戸際に立たされている。 小児科医が減ったり休診になり、 新生児医療が担保されない病院からは、 産科が引きあげるのが一般的。 3医師が籍を置く神戸大の産婦人科医局からも、 「小児科機能がなくなれば、 産科引きあげ止むなし」 と伝えられているという。
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 同病院産科は、 すでに受け付けたお産は対応するが、 「小児科の存続可否の状況を見て判断せざるを得ない」 と、 11月以降の予約受け付けの保留を検討している。 同病院でお産ができなくなると、 丹波市内にお産施設がなくなり、 11月下旬以降3月末までに、 少なくとも130人程度が他施設を探す必要に迫られる。
 06年度に同病院で産まれた赤ちゃんは275人 (丹波市212人、 篠山市61人・里帰り出産含む)。 うち、 43%の117人が小児科にかかった。 帝王切開 (出産数の約20%を占める) の場合、 赤ちゃんが仮死状態や未熟児であることも多く、 小児科医が全ての手術に立ち会っている。 普通分娩でも、 母親の5人に1人は、 赤ちゃんに髄膜炎や敗血症をもたらすB群溶連菌を膣や肛門周辺に持っており、 産道を通る際に赤ちゃんが感染する可能性がある。 このため、 同病院では、 帝王切開、 B群溶連菌保菌者の母親から生まれた赤ちゃんは、 産後すぐに小児科に入院させ、 「安全のベール」 で包んでいる。 おう吐、 発熱、 黄だん、 元気がないなどの 「ちょっとしたトラブル」 もできるだけ小児科で担い、 危険の芽を摘み取っている。
 20年ほど前、 小児科のない病院でお産に携わっていた同病院産婦人科の丸尾原義 (もとよし) 医師には、 忘れられない経験がある。 帝王切開の手術中に急に母親が全身けいれんの発作を起こした。 取り出した赤ちゃんは呼吸をしておらず、 他科の医師が応援に駆けつけたものの赤ちゃんの処置はできず、 「この子は助けられない」 という声が聞こえた。 丸尾医師は手術台を降り、 母親の処置を他の医師にゆだね、 赤ちゃんを抱え小児科がある西脇市民病院まで救急車で搬送した。 幸いに母子とも命を救えたが、 この時の恐ろしさが身に染みている。 「新生児には専門的な処置が必要。 母子双方の治療を産婦人科だけで行うことは、 極めて困難。 仮に小児科がなくなり、 それでもお産を続けろと言われた場合、 医師のミスでなくとも、 不可抗力的な事故が増加し得る。 しかし、 それが許される時代ではないだろう」 と話す。
 例えば、 妊娠高血圧症 (中毒症) の場合、 赤ちゃんを取り出せば母親の血圧は下がるが、 以前は未熟児の対応ができず、 取り出した赤ちゃんが死ぬことがあり、 早産では生死が知れぬと、 子を長くお腹に持って無理をした母親が命を落とすこともあった。 未熟児医療の進歩で母児双方を救えるようになり、 日本を世界でも妊産婦、 新生児死亡率の低い国へ押し上げた。
 同病院は小児科医が未熟児を診る体制を維持しており、 妊娠高血圧症や糖尿病などを持つハイリスクな母親も、 一定レベルまで引き受けている。 小児科が未熟児を診れなくなれば、 ハイリスクな妊婦は、 済生会兵庫県病院、 神戸大学病院、 県立こども病院 (いずれも神戸市) などへ行かざるを得なくなる。
 同病院の上田康夫副院長(産婦人科)は、「柏原病院で母児医療を続けるには、 小児科医の力が不可欠。 地元で生みたいという人の思いにこたえたいが、 酒井先生が院長になられ、 小児科の実働医師が減るのは致命的。 ただ、 県病院局は、 こういった小児・産科の現状は十分理解されていると思うので、 近々に後任医師の手配をしていただけるものと確信している」 と言う。
 丹波小児科医会の松本好弘会長 (まつもと医院院長) は、 「病院の小児科医は最低限2人必要。 1人ではお産が入ったり、 転院搬送が必要な患者が出ると外来がストップする。 都市部の病院も小児科患者を受け入れてくれにくくなっており、 紹介先を探すのに困っている。 柏原病院に小児科医をとにかく1人、 緊急に招いてほしい。 心から祈っている」 と話している。
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 最低限1人の小児科医を補充すれば、 差し迫った危機は回避できる。 県病院局は、 自らが震源地となり引き起こした柏原病院の母児医療崩壊危機に対する責任を、 医師補充という形で果たさねばならない。 (足立智和)

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