桂文珍さんからいつか聴いた「地獄八景亡者の戯れ」は、三途の川を渡ったあの世の話。「六道の辻」は骸骨のストリップ小屋もある盛り場で、ダイマル・ラケットの「僕は幽霊」が人気を呼び、「文珍近く来演」の看板までかかっていた。▼しかし、「文珍さん、閻魔さんのお裁き場まで行ったが、陪臣から『こいつは我々オニも食えまへんで』とのご注進があり、この世まで追い返されたらしい」と、その時本欄で書いた。▼彼のハナシにはまた、いつも両親が登場し、高齢化社会のおかしみと哀しみを伝える。「父が『この入れ歯、なかなかはずれへん』と、ぎゅうぎゅうあごを引っ張っとるんで、ふと前を見たら、そこにちゃんとありますがな」。「母の方も慣れたもんです。父『虫歯が痛うてたまらん』、母『どれどれ、見せてみ』。それで総入れ歯をはずして、『どこや』、『ほれ、ここ、ここ』」。▼先日、中兵庫信金三田本部竣工式の際の講演でも、この話が出た。その日は偶々お父さんの葬式の前日だったが、無論文珍さんはおくびにも出さない。事情は知らない大半の客が笑いこけた。▼三途の川を渡り、入れ歯をもぞもぞさせるお父さんに、閻魔さんは「息子はよう供養してくれたやんけ。お前もだいぶ儲けさせてやったもんのう」と、極楽への特別通行札を出して下さったことだろう。(E)