伊関友伸・城西大学経営学部准教授講演「医師はなぜ、立ち去るのか-地域医療再生のために」

2007.06.21
丹波の地域医療特集

<講師プロフィール>

(いせき・ともとし) 昭和62年、 埼玉県入庁。 県立病院課、 精神保健総合センターなどを経て、 平成16年に退職、 現職に。 平成18年8月から平成19年3月まで、 夕張市の病院経営アドバイザーとして、 夕張医療センター設立に携わった。 地域医療・自治体病院の経営を中心に議論する 「伊関友伸のブログ」 (http://iseki77.blog65.fc2.com/) には、 1日平均5000件以上のアクセスがある。 昭和36年、 東京都生まれ。 東京都立大学法学部、 東京大学大学院法学政治学専攻科修士課程 (行政学) 修了。[img align=left]https://tanba.jp/uploads/photos2/315.jpg[/img]

<講演要旨>

 常勤医師の1週間当たりの勤務時間は、 平均が66時間。 150時間というクラスもある。 この辺りになると24時間365日仕事しているような感じになる。 医師はこういう過激な勤務を続け、 どんどん疲れてしまう。
 一つの例に、 北海道の江別市立病院の内科医大量退職問題がある。 病床数408床の、 98年にできた新しい病院だ。 昨年9月3日の北海道新聞に、 病院を去る中堅内科医の話が載った。
 月8回、 市立病院に併設された市夜間急病診療所から回ってくる重症患者の対応に拘束されていた。 非番でも患者が運び込まれれば、 自宅から駆けつける。 日中は毎日100人の外来と入院患者の治療があった。 100人というものすごい数を診て、 入院患者を診て、 夜中月8回診ていた。 月の半分は自宅に帰れず、 倒れそうになると院内で仮眠して夜勤に入る状況だった。 内科医派遣元の北海道大学に応援を頼んだが、 来なかった。 結果、 医師は 「これ以上は無理」 と辞意を伝えたという。

 これは患者のコンビニ医療志向=図1参照=で、 大切な医療資源である医師を消費してしまった例だ。 [img align=left]https://tanba.jp/uploads/photos2/311.gif[/img]市役所や病院の事務職員が、 医師の疲れに気付かなかった。 「なんとかなる。 医師が辞めても誰か代わりがいるだろう」 と考えていたのだろうが、 誰もおらず全員が辞めてしまった。
 自治体病院の大量退職のケースを分析すると、 内科医と産婦人科医などが多い。 小児科医はもともとあまりいないので、 「大量」 というレベルにはならない。 このほか、 ▽非常に業務が忙しい▽地元医師会の協力が少ない▽住民がコンビニ感覚で夜間などに診療を受ける▽給料は一律で民間に比べて安い▽最初に1―2人辞めて、 大学医局からの応援補充がないため残った医師の業務がさらに重くなる―などがある。

 医師の働きがいということを考えたい。 働きがいというのは、 さまざまだ。 技術の向上や知的欲求、 自分の理念の実現、 患者からの尊敬や感謝、 信頼できる仲間がいることなどがある。 自分の時間があるということも、 最近重要視されている。
 しかし、 行政や市民はこの 「働きがい」 を考えずに、 医師に隷属的に労働を求めてくる。 ここに、 簡単には埋められない深刻なコミュニケーションの断絶がある。 コミュニケーションギャップの大きな要因としては、 相手の立場に立てないということが大きい。 今の状況でいうと、 医師を機械・道具のようにとらえている。 そうなれば、 医師は疲れ果てて立ち去るしかない。

 それを考えると、 丹波市のお母さん方の 「柏原病院の小児科を守る会」 の活動はすごい。 「柏原病院小児科医の勤務実態が大変だ」 「コンビニ感覚での受診を慎む」 と、 相手のことを思いやっている。 相手の立場に立って署名活動しているのは、 全国でここだけ。 他の活動は大体が要望型で、 「我々には生きる権利がある」 「国県市町村は医師の配置を」 と要求するだけだ。
 今回の 「守る会」 の署名活動は、 住民が医師の過重労働を意識し、 自らの行動を律することを明確にしている。 全国の小児科医の心にものすごく響いている。 次の一歩を踏まないと医師は来ないが、 第一歩の 「心をとかす」 ということには成功していると思う。 高く評価したい。 しかし残念なことに、 署名を手渡した県職員からは 「努力をしているが、 常勤医を派遣することは難しい」 ということだった。 行政に頼っていても非常に難しい。 単にお願いしても、 もう医師はやってこない。
 丹波市の医療はどうなるのか。 ▽医師不足問題についてどう考えるか▽柏原赤十字病院の将来のあり方についてどう考えるか▽県立柏原病院の将来のあり方をどう考えるか―の3点だと思う。

  まず、 医師不足問題をどう考えるか=図2参照。 [img align=left]https://tanba.jp/uploads/photos2/312.gif[/img]県立柏原の医療は、 医師の献身的な努力で維持しているがいつ崩壊してもおかしくない。 04年に43人体制だったのが今年5月には26人になった。 この状態を認識できなければ、 経営はできない。 43人に戻さなければいけない。 医師は、 人が集まるところに集まる。 医師の集まる病院か医療崩壊か、 という話だ。 医師にとって医師数の多い病院は、 症例が多く、 夜眠れて、 医療事故の危険が少ない。 この3つのメリットは大きい。 医師の少ない病院は、 一人あたりの負担が大きい。 皆さんが医師の立場になれば、 どっちを取るかは分かることだと思う。
 県立柏原が医師にとって魅力のある病院にならないと、 存続できない。 私は医師報酬を上げることだと思う。 そして、 研究・研修体制の充実、 指導医クラスの処遇改善、 医師宿舎の充実、 院内保育室の設置、 住民がコンビニ医療をしないことだ。 大学医局からの派遣に過度に依存するのは危険だ。 病院としての特徴をもって、 全国から医師が来るようにしないといけない。
 柏原赤十字の将来のあり方は、 私の考えだが、 医師が今年7月には内科医2人、 歯科医1人になってしまい病院としては完全に機能を失っている。 市民病院として存続を探る動きがあると聞くが、 病院の再生には膨大なお金がかかる。 一度崩壊した市立病院は、 1年で何億円単位の赤字を垂れ流す。 本当に気をつけた方がいい。

 私は、 丹波市が県立柏原に集中的にお金を使うべきだと考える。 分散させるのは地域医療のために良い結果をもたらさない。
 県立柏原の将来のあり方についてだが、 病院経営者としての兵庫県庁は限界を迎えている。 12ある県立病院の累積欠損金は05年までの5年間で3割増えた。 一方、 県庁からの財政支援は減っている。 県の病院局にある現金は、 02年には60億円だったが、 05年には1億7000万円になった。 この状況で、 県立柏原に予算を投入する余裕はあるのだろうか。 県にとっては 「12分の1」 で、 特別扱いできない。 内部ルールにがんじがらめで融通がきかず、 対応が遅い。 「努力しているが医師派遣は難しい」 と言うだけだ。 県庁に任せていると、 県立柏原の医療は崩壊する可能性が高いと思う。

 丹波市のできる支援を3点提案したい=図3参照。[img align=left]https://tanba.jp/uploads/photos2/313.gif[/img] 実現のため市役所に医師招へい対策室をつくって、 職員は全国を駆け回らないといけない。 最初は相手にされないと思うが、 全国あちこちに行ってみるのも大切だ。 いろんなやり方がある。 病院には雑用が多い。 それをサポートする医療秘書を医師に付けて、 雑用を分担するという支援もある。 また、 コンビニ医療を慎むという 「守る会」 の動きを一過性のものにしてはいけない。 行政が啓発の先頭に立つべきだ。
 最終的には、 医療振興財団をつくって県立柏原の運営を受託させることを検討してもいいと思う。 福岡県立太宰府病院で事例がある。 ここは公設民営型でやって、 収支が大幅に改善した。
 兵庫医大篠山病院については、 医師を減少させず医療を行っていることは評価できる。 篠山市の財政が厳しいことは知っているが、 他の支出を削ってでも、 必要なお金は篠山病院に出すべきだ。 医療機関はなくなってその価値が理解できる。
 どういう医療が欲しいのか、 限られたお金と医師で実現しなければならない。 医師が求めているものを提示できる地域と提示できない地域とでは、 差が出てくる時代だ。 住民が賢い知恵を持たなければいけない。 医療の現場を踏まえない議論は無意味で、 かえって医療を荒廃させる可能性が高い。 現場、 特に医師の意見に耳を傾けてほしい。

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