「小児科を守る会」の報告に大喝采

2008.04.18
丹波の地域医療特集

 超党派の国会議員でつくる 「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」 (会長・尾辻秀久元厚労相、 147人) が12日、 東京・日比谷公会堂で初のシンポジウムを開き、 丹波市の母親グループ 「県立柏原病院の小児科を守る会」 の丹生裕子代表が、 「安心して子どもを産み、 育てられる地域であってほしいという親の願いをかなえるには、 医師の力が不可欠。 子どもを守るためには、 医師を守ること、 医師を大切にすることが必要」 と発表し、 大きな喝采を浴びた。
 約1000人が参加。 丹生代表は、 「現場の代表」 として、 各地で救急や産婦人科などの診察にあたっている医師、 日本医師会常任理事、 大学医学部長、 患者団体の代表ら9人とパネリストを務めた。
 議連からは、 尾辻会長、 塩崎恭久副会長、 鈴木寛幹事長、 世耕弘成幹事長代理、 仙谷由人会長代理、 西田実仁副幹事長が登壇。 足立信也事務局次長、 逢坂誠二氏、 小池晃幹事、 萩生田光一事務局次長、 橋本岳氏が、 客席からシンポジウムのようすを見守った。
 丹生代表は、 会設立の経緯や、 「コンビニ受診を控えよう、 かかりつけ医を持とう、 お医者さんへ感謝の気持ちを伝えよう」 の3つのスローガン、 会で作成した冊子 「病院に行くその前に」 など、 これまでの活動を紹介。 「お医者さんと私たちは、 医療を施すものと受けるものという相対するものではなく、 共に力を合わせ、 地域の医療を作り上げていくパートナーのようなものだと気付いた」 「私たち住民にできることは、 今いるお医者さんを大切にし、 働きやすい環境を作ること。 『丹波で働くのも悪くないな』 と言って頂けるような医療に理解のある地域づくりを進めることだと思う」 と、 思いを語った。
 足立事務局次長、 橋本氏が、 「素敵な話をありがとう」 「丹生代表の話は大事だと思った」 と発言。 仙谷会長代理は、 「丹生さんのように感じとる人が多ければ全国あちこちに同じ動きが出てきて日本医療は再生するだろうし、 それが出てこないようなら、 他の分野と同じように 『心地よい沈没』 が待っているだろう。 医療の場合、 心地よいとは言えないかもしれないが、 国民が気づかなければ沈没するしかない。 現場の声が直接生かされる仕組み作りを我々国会議員も真剣に議論したい」 と、 閉会の言葉を述べた。
 丹生代表は、 「シンポジウムがきっかけになり、 私たちが伝えたい思いが、 各地に広まれば。 全国から注目されていることを実感でき、 うれしい反面、 地元の丹波でもっと関心を持ってもらえるよう、 活動の浸透をはかっていかなければ」 と、 感想を話した。

【解説】心を救う住民運動

 50音順に始まった意見陳述で、 「守る会」 の丹生代表の出番は、 9人中8番目だった。 6番目、 7番目の黒川衛氏 (長崎県西海市真珠園療養所勤務医、 内科医)、 桑江千鶴子氏 (都立府中病院産婦人科部長) の現職勤務医の悲痛な提言、 意見発表を聞き、 丹波の母親たちの運動の持つ意味の大きさを改めて確認した。
 黒川氏は、 「患者さんを助けようとしている医師は助けてください。 患者さんを救おうとしている医師を救ってください。 このまま医療費抑制が続き、 診療環境が改善されなければ、 必ず医療崩壊が起きます。 すでに起こっています」 と訴えた。 桑江氏は、 国内で分娩を取り扱う医療機関が激減する原因となった福島県の大野事件に触れ、 「全力を尽くしてやった医療内容の結果、 衆目の前で手錠をかけられ、 逮捕連行される事例が産婦人科医の心を打ち砕いた。 私たちはこのような状況で、 現場にとどまることはもはやできない」 と涙声で訴えた。
 2人に対しては、 それまでのシンポジストとは比べものにならない大きな拍手が送られた。 そして、 丹生代表にも。 「お医者さんを守ろう」 という呼びかけは、 会場を訪れた医師の心に 「救い」 をもたらしただろう。
 守る会の活動だけで、 日本の医療は改善しない。 国が医療費抑制政策を改めるなど、 抜本的な政策変更を行う必要がある。 しかし、 守る会の活動が、 折れそうになっている医師の心を現場につなぎとめる、 住民側にできることの有効な1つの手段であることは、 間違いない。 守る会のような考え方ができる住民がいる地域でなければ、 医療は守れない。 そう確信した。 (足立智和)

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