「できる人」と「できた人」

2008.06.16
丹波春秋

 言葉というのは面白いもので、たった1文字ちがうだけでイメージや意味が大きく異なることがある。たとえば、今がシーズンのホタルをよんだ俳句が、助詞の使い方ひとつで変わったという話がある。▼米を洗おうと思ったら、ホタルが飛んできた。そこで「米洗ふ前に蛍が二つ三つ」とよんだ。上出来の句ができたと、兄弟子に見せたところ、兄弟子は「前に」を「前で」にした方がよいと指導した。「前に」では、飛んできたホタルがそこで止まってしまうが、「前で」にすると、ホタルに動きが出るからだ。▼兄弟子は、自分の修正ですばらしい句になったことを師匠に報告した。すると師匠は、「前で」は「前を」にすべきだと教えた。「米洗ふ前を」にすれば、すうっと飛んできて、すうっと消えていくホタルの動きに沿うからだ。師匠は、「お前はまだまだ修業が足りん」と兄弟子を叱った。▼一字違いで大違い。その最もいい例は、「できる人よりできた人になれ」だろう。これは1980年の東京大学の入学式であった学長の訓辞だ。▼話題の居酒屋タクシー問題は、この訓辞を裏切るものだ。世間一般からすれば官僚はできる人だが、タクシー運転手から金品を受ける姿はできた人とはほど遠い。俳句の師匠にならって「修業が足りん」と一喝したい。(Y)

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