自殺と読書

2008.06.02
丹波春秋

 貧しく苦しい暮らしから脱け出すには自殺するしかない。そう思い詰めた女性は線路に立った。汽車がだんだん迫ってくる。そのとき、女性の心に不審が芽生えた。「人は、死ぬ前に花畑を見る」と教えられていたのに、花畑が見えてこないのだ。女性は線路をおりた。▼このように自殺を思いとどまった人がいる一方で、実際に自殺に及ぶ人は後を絶たない。先ごろの新聞記事によると、昨年1年間の自殺者は3万人を超える見通しで、10年連続の記録になるという。▼心理学者の河合隼雄氏に「中高年の自殺」という随筆がある。生きる力を養うため中高年こそ本を読むべきであり、そうした環境を整えることが自殺抑止につながると提案している。▼では、誰の本を読むか。太宰治、有島武郎、芥川龍之介、三島由紀夫、川端康成。これらの作家には共通点がある。いずれも自殺していることだ。これほど多くの優れた作家が自殺している国はないらしい。▼一般の人よりも本を読みふけった作家の自殺は悩ましい事実だが、読書に自殺防止の効果がないというのは早計に過ぎる。先の知り合いの女性は、「死ぬ前に花畑を見る」という言葉を知っていたからこそ自殺をやめた。この言葉を知らなければ、その後の幸せはなかった。言葉を得るのに、読書にまさるものはない。(Y)

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