日本の宗教観

2015.01.24
丹波春秋

 18日付の本紙篠山市版に、篠山中学校2年生が手作りした雑巾をネパールの小学校に贈ったとの記事が載った。学校を掃除する文化がないネパールに、掃除文化を伝えたいというのが趣旨だ。▼学校の校務員さんが掃除をし、子どもはしないという国はネパールだけではない。ドイツもそうだ。新温泉町の安泰寺住職で、ドイツ出身のネルケ無方(むほう)氏によると、掃除や給食など、日本の学校では当たり前のことが欧米ではあまり行われていないという(『日本人に宗教は要らない』)。▼一方、ドイツにはあるが日本にはないものがある。宗教の授業だ。さらに14歳になると、自分がどの宗教や宗派に属するかの選択を求められるらしい。▼だからといって日本人は無宗教だとするのは的を外れている。「教室やトイレは自分たちで掃除をする。これは禅の教えを実践していること」(同書)だからだ。宗教心が生活に溶け込み、知らず知らずに宗教の教えを実践している。日本人にとっての宗教は、空気を吸って吐くように自然なものなのだ。▼作家のC・W・ニコル氏は、日本に住んで良かったこととして「宗教の束縛からの自由があること」を挙げた。宗教間での対立がある国を見ていると、宗教に束縛されない、柔軟性や包容性を持った日本の宗教観の特異性を思う。(Y)

 

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