村上春樹「羊をめぐる冒険」

2015.01.07
丹波春秋

 羊は干支の中でもポピュラーな動物なのに、幕末までは日本に1頭もいなかった。その後「国家レベルで輸入され、育成され、そして見捨てられた」。―村上春樹の「羊をめぐる冒険」で、右翼の大立者の黒いスーツの秘書が主人公「僕」に語る。▼大陸進出をめざす明治政府が防寒用羊毛の自給のため緬羊飼育の振興策をとり、かつては27万頭いたが戦後は貿易自由化に伴

って廃れ、現在(1978年)では5000頭にまで減ったという。▼僕は秘書に促され、星の紋のついた羊を探しに北海道の辺地まで向かう。牧舎の中で僕を見上げる羊達は、まるで集団で思考しているように見えた。しかし管理人は、一見穏やかで平和そうな羊の群の中にも厳格な順位が決まっていると教えてくれる。日本の近代化の表象とも受け取れる羊は何を意味するのか。▼村上ワールドには一貫して、同時代に対する漠然とした不安や無力感が漂うが、かと言って主人公が全く絶望するのでもなく、しなやかに潜りぬけていくところに希望のようなものが見い出せるのが、彼の作品の魅力である。▼「羊をめぐる冒険」の3年前、1979年にデビュ

ーした村上は3巡目の未年に当たる今年、ノーベル賞を受賞するような予感がする。その時ストックホルムでどんなスピーチをしてくれるかに注目したい。(E)

 

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