ワンチャンス

2015.04.02
丹波春秋

 小学生のイサオは身体が弱く、学校を休みがちなので成績は悪く、友達もほとんどいなかった。運動会はいつもビリで、応援に来た母に恥をかかせるばかり。▼父は船乗り、母は商売に出かけているので、毎日一人でインスタントラーメンを作った。野菜を刻んで入れると結構うまい。▼4年の時、授業参観があり、家庭科の調理実習だった。先生が皆の前にキャベツを置いて、「誰か切れる人?」と訊いた。いつも引っ込み思案の自分なのに、何故かすっと手を上げていた。他には誰もいない。▼先生も友達も、「えっ、イサオが?」と疑わしい眼を向けてきたが、先生は「ともかくやって見て」と包丁を渡してくれた。野菜入りラーメンを作る時の調子でトントントンと切り刻むうち、周りから一斉に拍手が沸き起こった。隅っこにいた母がいつの間にか真ん中に出て来て、ハンカチで目をぬぐっている。▼「何の取り柄もないと思っていた自分に『料理があるんだ』と気付いたのはこの瞬間。もしこのワンチャンスがなかったら、今の私はなかったでしょう」と話したのは、5店目のフランス料理店を柏原のたんば黎明れいめい館に開いた「ル・クロ」オーナーシェフ、黒岩功さん。「修業の頃は『見返す』気持をバネにしていたが、今は『恩返し』」。この先生にも、母にも大変感謝しているという。(E)

 

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