便利

2015.04.25
丹波春秋

 孔子の弟子、子貢(しこう)が旅の途中で、畑を耕している老人に出会った。老人は井戸から瓶(かめ)に水を汲み、えっちらおっちら畑に運んでいる。労力を要し、能率が悪い。見かねた子貢は「水汲みの道具を使ってはどうか」と提案した。▼老人は答えた。「道具を使うと、道具に頼る気持ちが生まれてしまう。道具に頼り切ると、一体、どこに人間の精神が残るというのか。精神がけがれてしまうから、道具を使わないのだ」。▼今、植野記念美術館で開かれている「滝平二郎展」のオープニングイベントで、滝平の長男、加根(かね)さんが滝平について語った。その中に、冒頭の話を思わせるエピソードがあった。▼滝平は、鉛筆で描いた下絵を切り刻んで、きりえを制作していた。しくじると、下絵を描き直さないといけない。見かねた加根さんが「下絵をコピーすれば」と提案した。コピーのおかげで便利になった。しかし、作品の緊張感が薄れてしまったという。うなずける話だ。これまで1枚1枚、真剣勝負だったのが、しくじっても大丈夫となると、気持ちにゆるみが出るだろう。それは作品にも投影される。▼脚本家の倉本聰氏の指摘をかみしめたい。「便利とは人間が自分のエネルギー消費量をできるだけ抑えるということ。即ち人間がサボルことである」。(Y)

 

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