時代の潮流

2015.06.18
丹波春秋

 春日町出身の詩人、深尾須磨子は戦後、平和運動に尽くした。活動の源泉の一つになったのは、戦時中に軍歌を作り、戦意を高揚したことへの反省だった。犯した罪をつぐないたいという思いがあった。▼平凡社を創業した今田町出身の下中弥三郎は、明治37年に「悪魔万歳」と題した非戦論の詩を発表した。「『帝国万歳大勝利』何ぞ悪魔の大勝利と書かざる」などとつづり、平和を痛切に希求した。戦後には、世界平和アピール7人委員会をつくるなど、平和運動を展開した。▼そんな下中だが、戦前には大日本興亜同盟の運動第一局長などを務めた。戦争推進者の一人に数え上げる見方もある。覚醒した意識を持っていたに違いない深尾も下中も時代の潮流にのまれ、戦争に加担した。▼孫引きだが、『戦争プロパガンダ10の法則』(アンヌ・モレリ著)によると、戦争を始める為政者は必ず「我々は戦争をしたくはない」と主張する。しかし、次第に主張は変わる。争いを憎み平和のために最大限努力したのに、「敵側が一方的に戦争を望んでいる」となり、「敵の指導者は悪魔のような人間だ」「我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」。▼こうしてエスカレートし、時代の潮流は、抗しがたい激流と化す。モレリの指摘が身にしみるこの頃である。(Y)

 

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