加藤登紀子さんの舞台

2015.08.06
丹波春秋

 ロシアの北西側、フィンランドやスウェーデンと対岸のバルト3国。その中央部、ラトビアのリエパーヤは日露戦争時、バルチック艦隊が出航した港町。ここで毎夏開かれる音楽祭に加藤登紀子さんが出演し、ファンクラブから応援に行った。▼彼女のヒット曲「百万本のバラ」はこの国で生まれたが、ソ連で広まった女優への画家の恋の歌ではなく、原曲は「マーラが与えた人生」という題。「マーラは娘に生を与えたけれど幸せはあげ忘れた」という歌詞だ。▼マーラとはこの地方に伝わる聖母の名で、古くはデンマーク、スウェーデン、近年はドイツやロシア、そしてソ連など近隣の大国に支配され続けてきたバルト3国の運命と、それに耐えてきた国民の哀しみ、自由への意思が込められている。▼3国とも民族、 言葉が違うが、音楽が好きという点では全く共通。エストニアの首都タリンで見学した「歌の広場」という野外劇場では、ソ連から独立前の1988年、30万人が集まって歌いながらの革命の端緒となった。▼最初に独立したロシア革命後から間もなく100年、そしてソ連崩壊直前の再独立から20余年。地元の交響楽団、合唱団と共に、ラトビア語も交えた登紀子さんの舞台はぎっしり満席となり、人々は総立ちとなって幾度もアンコールを繰り返した。(E)

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