ひと筋の希望

2016.10.13
丹波春秋

 筆を口にくわえて描く星野富弘さんの絵(植野記念美術館で展覧中)に添えられた文章には、襟を正させられるものが多いが、中ににんまりするのも少なくない。▼「らんの花の絵」という、初めて仕上げた絵について書いたエッセーに、「口で書いた字の形が、手で書いていた頃と同じだと言って友達が驚いた」。本人も不思議がったが、「考えてみれば、動かす源が同じなのだから、当然と言えば当然。しかしその不思議さに気づいた時、口で絵を描くのに希望が持てるようになった」。▼花を題材にした絵のほかに、動物や小鳥、魚も。「いわしを食べようと口をあければ いわしも口をあけていた。いわしを私の口に運ぶ母の口もアーンと大きく。いわしは水から干されたため。私はそれを食べるため。母は子を思う心から」。▼子豚に「何だってそんなにあわてるんだ。早く大きくなって何が待っているというんだ。そんなに急いで食うなよ。そんなに楽しそうに食うなよ」。こうなると、おかしみを通り越して哀しみが漂ってくる。▼体育科の学生だった頃の彼は、自信に満ち溢れた、実にやんちゃそうな顔、身体をしている。それだけに、教師赴任2カ月で指導演技中に事故に遭ってからの葛藤は、想像を絶するものだったろう。それを支えたのは、まさにひと筋の希望だったのだ。(E)

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