震災8年過ぎてなお「あんべ良い」交流 小さな農業高校の取り組み 特産生かし、住民とふれあい

2019.11.16
ニュース丹波篠山市

元仮設の人など多くの人が集った収穫祭でおにぎりなどを提供した生徒たち=宮城県石巻市で

東日本大震災の発生から8年8カ月が過ぎた。当初、全国各地から多くの人々がボランティアとして東北の地に足を運んだが、今は支援目的に訪れる人は減った。そんな中、兵庫県丹波篠山市にある生徒数約80人の小さな農業高校・同県立篠山東雲高校が今も現地の人々と継続的なかかわりを持ち続けている。今年も今月2、3の両日、2年生4人が宮城県石巻市を訪れ、丹波篠山特産の山の芋や黒枝豆を使って地元の人々と交流した。東日本大震災の発生後、仮設住宅への支援を機に始まった取り組みで、今年で5年目。いつしか「ボランティア」から「お手伝い」へ、そして「交流」へと、形を変えながらもつながりを保ち続ける。同行した記者が活動を振り返る。

「よく来たね。さっそくだけど、準備をお願い」

2日、石巻市に到着した生徒たちは、以前から東雲高と地元の架け橋になっているNPO法人「石巻復興支援ネットワーク」(兼子佳恵代表)の拠点施設を訪問した。

この日、拠点で開かれていたのは、「収穫祭」。農園で作ったサツマイモを掘り、焼き芋にして味わうイベントだ。震災後、方々から人が寄った仮設住宅の支援を行っていた同法人が立ち上げた農園で、集会所で開かれる通常の交流事業には出てきづらい男の人にも参加しやすいようにと作った居場所だった。

震災から8年をへて仮設住宅は大半がなくなり、多くの人が自宅を再建したり、公営住宅に移り住んだ。それでも農園は継続しており、この収穫祭には元仮設の人々の”同窓会”という一面もある。赤ちゃん連れの親子から車いすに乗ったお年寄りまで、約90人が施設に集っていた。

生徒たちは収穫祭の昼食用にと、自分たちが栽培した黒枝豆を混ぜ込んだおにぎりを作った。炊き立てのご飯の熱さに悪戦苦闘しながらも、地元のお父さんと一緒にひたすら握り、黒豆みそを使った豚汁とともに提供した。

「みんなが作ってくれたの?あんべ良かったよー」

高齢の女性が声をかけてくれた。首を傾げる生徒たちに、「ちょうどいい」「おいしかったってこと」と周囲から”訳”が飛ぶ。生徒たちはみな顔をほころばせ、「ありがとうございます」と声を上げる。会場のどこを見ても笑顔、笑顔、笑顔―。

ローズガーデンでの作業後、一日の活動を振り返り、思いを共有し合った

拠点を後にし、次に向かったのは津波によって壊滅した同市雄勝町。がれきに埋もれた後、更地になったまちに庭を整備し、「花と緑の力」で復興を目指している一般社団法人「雄勝花物語」(徳水利枝代表)のローズガーデンを訪れた。今年5月にも訪問した場所。今回もオリーブの木の整備に汗を流した。

徳水さんは、「ぜひ、このまちを覚えていて。そして、これからもこのまちを一緒につくっていってほしい」と呼びかけた。

同校の大山愛恵さんは、「枝豆やみそをおいしいと言ってもらえてうれしかった。オリーブは前回来た時よりも大きくなっていた。絶対、またここに来る」と再訪を誓った。

復興住宅の人々と山の芋を収穫する生徒たち=宮城県石巻市で

3日午前、生徒たちは、石巻市内の災害公営住宅の一つ、「新沼田第一復興住宅」を訪れた。昨年度から東雲高生が住民とともに丹波篠山の特産「山の芋」のグリーンカーテンづくりに取り組んでいる場所だ。

グリーンカーテンと東北の縁は5年前にさかのぼる。震災後、人々が身を寄せ合った仮設住宅の夏が「暑い」と聞いた当時の生徒たちが、「つる」のカーテンを作ることで日よけになり、秋には味覚としても味わえる山の芋を使った支援を考案し、実行したことがきっかけだった。

仮設住宅はほぼ解消され、家を失った人々は復興住宅などに移り住んだ。仮設のような暑さはなくなった。しかし、ばらばらの地区から入居した復興住宅ではまた一からコミュニティづくりが求められる。そこで、「カーテンも楽しみながら農業を通した会話が生まれないか」と考えた。

生徒たちが到着すると、あいさつもそこそこに、芋の話題が飛び出す。

「今年はなかなかいいのができたわよ」「うちは種芋よりも小さくなっちゃった」

まだ収穫していないプランターを集会所に持ち寄ってもらい、生徒たちも一緒に掘り返した。小さなものもあれば、小ぶりでも形がいいものも。

「まぁ、これでまた来年も育てられる」―。住宅に山の芋を栽培するという習慣がしっかり根付き始めていた。

収穫後の交流会では、東雲は黒枝豆のおにぎりを、地元は郷土の味「おくずかけ」を準備。住宅のお母さん方は東雲が持ち込んだ山の芋を使った「お焼き」を用意してくれた。互いの味覚を味わいながら何気ない会話を交わし、遠く離れた地で、のんびりとした時間を味わった。

石巻市内は10月の台風19号で大きな浸水被害を受けた。住宅の一帯も一時、水浸しになった。

「まちに水がいっぱいになっている光景を見ると、やっぱり、津波を思い出して嫌な気分になる。『またか』って感じで。みんな同じ気持ちだったと思うよ」

住宅の女性がつぶやく。

「けど、今はちょっとだけ忘れてたわ。ありがとうね」

震災で被害を受けた門脇小学校も視察した

生徒たちはその後、石巻復興支援ネットワークのコーディネートで、石巻市内や隣接する女川町など、津波で甚大な被害が出たエリアを視察。海辺にあり、震災時、津波で流れてきた車両が炎上するなどして被害を受けながらも、学校にいた児童たちは裏山に避難して難を逃れた門脇小学校など、津波の記憶を目に焼き付けた。

東雲高の高仙坊愛峰さんは、「少し不安もあったけど、住民のみなさんとの交流で不安もなくなり、いい経験とともにたくさん学べた」と笑顔。「地震や津波、自然災害の怖さ。教わったことをみんなに伝えていきたい」と記憶の風化を防ぐ決意を新たにしていた。

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