「赤鬼」居城ふもとにトイレ 明智光秀と激戦の城 地域に恩ある男性寄贈

2020.05.12
ニュース明智光秀と丹波地域歴史特集

黒井城跡の駐車場北側にトイレを寄贈した「飯田」の羽山社長(右端)と、喜ぶ黒井地区自治協会の関係者たち=兵庫県丹波市春日町黒井で

兵庫県丹波市の国指定史跡・黒井城跡の登山道入り口付近にこのほど、待望のトイレが完成した。不動産管理会社「飯田」(本社・大阪市、羽山謙造社長)が、地元の黒井地区自治協議会(藤本修作会長)に寄贈したもの。これまで一部の登山客が登山道で用を足すなど、環境・衛生面などで地元住民らの悩みの種だった。羽山社長(75)は丹波市内に多くの拠点がある物流機器のレンタル・販売業「ワコーパレット」(本社・大阪市)でも社長を務めている。

同城は「丹波の赤鬼」の異名がある赤井(荻野)悪右衛門直正の居城だった。天正年間、織田信長の命を受けた明智光秀が、丹波国平定戦「丹波攻め」を繰り広げた。同3年、丹波国に覇を唱えていた直正との戦いでは、直正が光秀軍を挟み撃ちにする戦法「赤井の呼び込み戦法」を展開し、光秀は敗走。この作戦は、同県丹波篠山市の八上城主・波多野秀治が赤井方に寝返ったことに起因するともいわれ、直正と秀治との間にかねてからの密約があった可能性もあるという。光秀は同6年、再び黒井城を攻め、直正を病で失っていた赤井方は敗れ、黒井城は落城した。

トイレは、同城跡駐車場北側で、同自治協議会が借りた市有地に設置。景観にマッチした緑色の外壁で、男女別のウォシュレット付き水洗トイレ。駐車場から入れるように階段を設けたほか、トイレの入り口付近に目隠しも設置した。

羽山社長によると、創業後、丹波市内を営業に回った際、経営の「いろは」を教わった人がおり、「恩返し」の思いを込めたという。住民や登山客が、登山道にトイレがなく困っていたことを聞き、設置を思い立った。駐車場から200メートルほど先に市設置のトイレはあるものの、利用するのに距離があった。

しばらくの間、日々の管理は「飯田」が行う。利用金として100円を、トイレ内部に設置の箱に入れて使う。

羽山社長は「黒井城跡の人気は今後も続いていくし、登山する人たちに喜んでもらえれば」と笑顔。藤本会長(68)は「願ったりかなったりで、こんなにありがたいことはない」と感謝している。

また、羽山社長は駐車場南側の土地を購入し、数台分が止められる駐車場も整備した。

関連記事