「プール作って」「任せとけ」―。兵庫県丹波市の青垣小学校4年生の足立雄星君が、このほど同県尼崎市で行われた水泳競技大会「兵庫地域冬季トライアル大会」の男子10歳以下50メートル自由形で優勝を果たした。新型コロナウイルスの影響で、所属する水泳クラブでプール練習ができない中、両親にも告げずに自分で近所のテント・シート製造販売会社にビニールプールの製造を依頼。同社は、足立君の熱意に快諾した。好記録の裏側には、心温まるエピソードがあった。
コロナで練習場閉鎖、「作って」「任せろ」で形に
同部門には86人がエントリー。自己ベスト29秒23をたたき出した。この記録で、来春に予定されていた全国大会「JOCジュニアオリンピックカップ」の出場条件となる標準記録(29秒79)を突破。同カップはコロナ禍により中止が決まったが、全国規模で行われる予定の通信記録会の出場権を得た。
コロナにより、所属クラブ「NSI青垣」の活動拠点、丹波市のグリーンベル青垣が4月途中で閉鎖されたため、2カ月半はプールで泳げなかった。ちょうど好記録が出始めた「伸び盛り」の時期だったため、悔しさもひとしおだったという。
ランニングをするなどして持久力を付けていたが、ライバルに差を開けられないためにも、水中で練習したい気持ちが抑えられなかった。
競泳の瀬戸大也選手が自宅庭に設置した簡易プールで練習していると知り、4月末、犬の散歩をしていた近所のテント・シート製造販売会社「ヒロセ産業」(同市青垣町)の廣瀬隆仁社長に声をかけ、「シートでプールを作ってくれませんか」と頼んだ。
同じ集落に住む顔見知りとは言え、ほとんど話したことはなかった。廣瀬社長は「声をかけるのも勇気がいっただろう」と言い、「任せとけ」と快諾した。「作ったろとは言ったけど、どんなプールかイメージできなかったので、ネットで瀬戸選手のプールを調べました」と笑う。
足立君の父・義隆さんが単管パイプで大枠をこしらえ、その中に箱状にした同社のシートを設置。単管にシートの端をひもで結べるようにした特別仕様で、全体の大きさは縦4メートル×横2・3メートルで、深さは1メートルほど。義隆さんが営む「足立牧場」の敷地に据えた。廣瀬社長に声を掛けてから1週間ほどで完成した。
冷水で泳ぐには寒い時期だったため、牛舎で使用する温水を引き入れ、使用後は牛舎の器具の洗浄に再利用。無駄がないように工夫した。手作りプールでは、腰にゴムチューブを巻き付けて前に進まないようポジションを固定し、「その場」で泳ぐトレーニングを重ねた。このプールで1カ月半ほど練習して力をつけ、現在は週6日間、グリーンベルでの練習に励んでいる。
廣瀬社長は「(県大会で優勝し)よく頑張ったと言いたい。有名になったらうちの会社の名前を言ってくれよと伝えてあります」と笑顔。製作費は出世払いで、貸している。義隆さんは「突然、子どもが言い出した話を真剣に聞いてもらい、さらには実現までしていただき、ありがたい限り」、足立君の母・政代さんは「子どもと地域のつながりが薄くなる中、1人の子どものことを思ってくれてうれしい」と感謝している。
足立君は「プールを作ってと声を掛けた時は、本当に作ってくれるか不安だったけど、出来上がってうれしかった」と言い、「全国大会でメダルを取る選手になりたい」と力強く語った。