兵庫県丹波篠山市の岡野ふるさとづくり協議会(谷田章男会長)が、117年前に今福の山中に宇宙から飛来した「隕鉄」の落下地点に石碑や階段、説明板などを整備し、多くの人に訪れてもらいやすいよう環境を整えた。隕鉄は「岡野号」と呼ばれ、鉄の割合が多く含まれていることから隕鉄の中でも希少なもの。落下地点が整備されたことで愛好家らが訪れることも期待でき、住民らは、「宇宙からの贈り物を地域活性化に役立てていきたい」と話している。
県や市の補助を活用し、石碑のほか、山中の落下地点までの斜面に階段を付けたほか、隕鉄の情報を盛り込んだ説明板、県道沿いに案内板を設置した。費用は約270万円だった。
岡野号は直径約18センチ、重さ4・74キロ。1904年(明治37)4月7日午前6時30分ごろに落下した。当時の記録によると、「空中に雷鳴のごとき、凄然たる音響を聞くと同時に、一個の大球、西方より飛来り、瞬時にして巨砲を発したるがごとき、響きありて震とうす」とある。
落下を目撃した畑勝蔵さん(故人)らが現場に駆け付けたところ、樫の木が裂けているのを見つけた。その根元に直径約20センチ、深さ約80センチの穴が開いており、穴の中からとがった部分を上に向けて顔を出した隕鉄を発見した。
その後、勝蔵さんは京都大学に隕鉄を寄贈。比企忠教授によって成分などが調査され、鉄が94・85%と多く含まれている一方、通常7%ほど含まれるニッケルが4・44%と少ない希少なものだと判明した。現在も京都大学で保管されているほか、研究などで削り取られた一部がイギリスの大英博物館やアメリカ・シカゴのフィールド博物館などで保管されている。
落下地点は分かっていたものの、山中の斜面の上にあり、これまで整備はされていなかった。
転機となったのは2018年、岡野小学校の4年生(当時)が、勝蔵さんの孫・利清さん(72)に教わりながら、隕鉄を調査し、学習発表会でその貴重な存在を紹介。リーフレットやキャラクターも作成した。
児童が感想の中で階段の整備や説明看板の設置を訴えていたこともあり、同協議会が隕鉄を地域活性化に生かそうと整備事業に乗り出した。
6日には竣工式が行われ、関係者らが参加。明石市立天文科学館の井上毅館長は、アメリカで岡野号の一部をコレクションしている愛好家からも整備に対する喜びの声があったことを披露したほか、「隕石は県内でも3カ所しか落下しておらず、とても貴重。整備されることで京丹波町の曽根隕石、朝来市和田山の竹ノ内隕石と共に落下地点を巡る天文ファンが増えるのでは」と期待を寄せた。
発足30周年を記念して整備事業への寄付を行った篠山天文同好会の青木昭夫会長は、「整備されないと、いつか落下地点が忘れられてしまうと思っていたので非常にうれしい。歴史を伝えていく上で、とても重要なこと」と喜んだ。
利清さんは、「長年の思いがかなって、私もうれしいし、おじいさんも喜んでいるはず。世界的にも珍しいものなので、今後は小学生の学習の場になっていったらうれしい」とにっこり。地元では隕鉄と特産の山の芋、黒大豆などを使った「隕鉄饅頭」も試作しており、「神戸大学の学生サークル・アグロックなどとも連携し、赤福やもみじ饅頭と肩を並べるようにし、今福、岡野、そして、丹波篠山市の地域活性化につなげていきたい」と話していた。