伊能忠敬の足跡たどる 調査から200年機に「探索の会」 篠山市

2012.05.10
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 江戸時代後期に日本地図を作成したことで知られる 「伊能忠敬」 が、 篠山市内で測量した足跡をたどろうと、 住民有志のグループが1年かけて調査を行った。 今後、 これまでのデータに加えて小、 中学生らととも周辺に伝わる情報を収集して足跡をマップ化するほか、 展覧会の開催、 足跡をたどる 「歴史駅伝」 などさまざまな事業を計画している。 調査を終え、 忠敬の正確な技術に驚嘆したメンバーらは、 「これからの活用方法が課題。 子どもたちが地域を再発見し、 将来の夢を育む教育や、 都市との交流事業、 高齢者の生きがいづくりに活用できれば」 と意気込んでいる。 

 伊能忠敬 (1745―1818年) は、 1800年から足かけ17年かけて測量し、 日本地図を作成。 篠山市では、 1811年と1814年の2回、 延べ約94キロを測量した。

 1814年の測量から200年になるのを機に、 加賀尾宏一さん (篠山市乾新町、 会長)、 酒井良治さん (同市岩崎)、 石田莞爾さん (同) らが発起人となり、 「伊能忠敬探索の会」 を立ち上げた。

 調査ではアメリカ議会図書館で見つかった 「伊能忠敬大図」 の篠山部分をネット上から印刷して活用したほか、 足跡が詳しく記された国宝 「伊能忠敬測量日記」 を読み解いた本などの資料を用意。 昨年2月23日に大山地区の追入から出発し、 今年3月26日までの間に延べ22日、 187人が、 距離を測りながら忠敬の歩いたルートをたどった。

 メンバーの松尾昌彦さん (同市真南条下) が現在の航空写真と 「伊能忠敬大図」 をパソコンで重ね合わせたところ、 ほぼ合致していたことが分かり、 メンバーらはその測量技術の高さに驚いた。

 忠敬は日記に足跡のほかに周辺情報も記していたため、 今回あらためて情報を盛り込んだマップを作成する。 また子どもたちに参加を促し、 足跡上の小学校間を歩いてたすきをリレーする歴史駅伝も計画している。

 道中、 さまざまな人が関心を寄せた。 道案内してもらったり、 趣旨に賛同する人もおり、 現在では13人の仲間ができた。 昨年11月には城東小学校児童 (当時2年) と一緒に探索し、 児童らが学習発表会で成果を披露するなど、 足跡上でのつながりもできつつある。

 加賀尾さんは、 「足跡を活用し、 子どもや高齢者、 親子、 三世代、 都市と農村などさまざまな 交流ウォークも開催したい」 と話している。

 会や資料提供に関する問い合わせは、 加賀尾さん (079・552・2543)。

 

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