通訳ボランティアで奔走
日系3世としてブラジルで生まれ、徳島大学への留学で初来日。奈良県の天理教本部での翻訳の仕事などをへて、義父がつくった天理教の教会を継ぐため、夫、3人の子どもと24年前に篠山市(旧西紀町)に移り住んだ。駆使するポルトガル語と日本語のレベルは高く、一国の大統領の通訳を務めたこともある。
NPO法人篠山国際理解センターの通訳ボランティアとして、在日ブラジル人の支援に欠かせない存在。病院での通訳や交通事故の対応などで困っている人から「来てほしい」と携帯電話にSOSが入る。特に最近は病院での通訳依頼が多く、ほぼ毎日通訳として出かけている。
県の外国人児童生徒指導補助員を約17年間務め、篠山市のフォーリナーサポーターも今年3月まで務めた。篠山市と丹波市の小学校に通い、来日間もない子どもたちと保護者らを支え続けた。
篠山で育ったブラジル人の子どもが地元で就職したり、ブラジル人どうし結婚したりと、丹波地域に住むブラジル人の定住化が進んでいる。ブラジルと比べて治安の良い日本で「安心して高い水準の教育を受けさせられる」と考える親が多いという。
これからを見据え、ブラジル人には、「自分たちで何とかしようという自立の気持ちをもってもらいたい」。特に、日本で育った子どもたちには「両方の言葉をしっかり覚えて、通訳の跡を継いでくれれば」と期待を寄せている。また日本人には、地区のそうじや運動会などへの参加の呼びかけをはじめ、「一緒に地域で暮らす住民どうしという気持ちをもって関わってほしい」と願っている。