作家・五味康祐の作品に「天守炎上」という短編小説がある。赤井(荻野)直正を主人公にした作品で、直正のおじ・荻野秋清も登場するが、地元領民の姿が中心に描かれていると言ってもいい。
黒井城主の秋清に直正が戦を仕掛けるという物語。秋清は籠城を決めるが―。
郷土史家の故・村上完二氏は、この小説を「史実とはほど遠いフィクションが多く、あまりいただけない」としながらも、「当時の領民の姿をえがいている部分などには見るべきものがある」と一定の評価を与えている(村上完二追悼集「日の当たる道」より)。
作品中、籠城戦を前に村人が春日町多利の阿陀岡神社に集い話し合う描写がある。庄屋が「汝らは百姓じゃ。春になって田植えをするンは、わいらじゃ。ならお城に籠らんでも、逃げ隠れしたことにはなるまい」と主張しつつも、「わしは年始にお城にのぼっておった身じゃ。御城主様が好きじゃ。お城を枕になら、悔いはせん」と言う。
戦国時代を想像するとき、血なまぐさい印象が付きまとうが、村人が小説のような会話をしていたとすれば、少しほっこりする。(田畑知也)