たとえ家族を忘れても 施設でできた大切な人 「私は今、幸せ」【認知症とおつきあい】(11)

2021.02.13
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「今が幸せ」という百歳の女性がいる。

認知症の人は記憶することが苦手。彼女も、もの忘れが進んで、一人で自宅で暮らすことができなくなって施設に入所してきた。今は、数年前まで一緒に暮らしていた夫が亡くなったことも覚えていない。

入所した直後は、どこに居るのか分からない不安で落ち着かない日が続いた。それでも、施設のスタッフの密度の高いかかわりで少しずつ慣れていくことができた。

海馬の記憶中枢は十分働かなくなっても、人間にはもう一つの記憶の中枢があると、脳科学者で認知症の母親を介護する恩蔵絢子氏は言う。身体の動きを指令する脳間での身体運動の記憶だ。

彼女はこの施設の生活で10歳以上も年下の、同室で暮らすOさんという大切な人を見つけた。

彼女がOさんを友だちだと思っているのか、それとも妹なのか、娘なのか、定かではないが、一緒にいるときの幸せそうな顔をスタッフはいつも見守っている。

ある日、彼女が体調不良で入院することになった。毎日一緒に過ごしてきた人との別れ、慣れたベッドや居室の環境から、また混乱の中に置かれることとなった。何とか無事にもう一度施設に戻ってくることができたその時、彼女はOさんの姿を見つけて、大きく手を振った。渾身の笑顔で。

その姿を見つけたOさんが駆け寄って2人は肩を抱き合った。今、2人は仲良く暮らしている。スタッフは彼女が言うのを聞いた。「私は今、幸せ」と。

家族も家も忘れてしまった彼女が、施設で見つけた新しい大切な人との一日一日を心豊かに生きている。

この先、必ず別れは来るだろう。けれど、どこに暮らしても別れはいつかある。

新しい環境の中でも、大切な人と一緒にいる幸せを感じながら生きる彼女に、人としての強さと、幸せを自ら見つける能力の高さを思う。それを支える施設スタッフの介護力と感受性の鋭さに拍手を送りたい。

寺本秀代(てらもと・ひでよ) 精神保健福祉士、兵庫県丹波篠山市もの忘れ相談センター嘱託職員。丹波認知症疾患医療センターに約20年間勤務。同センターでは2000人以上から相談を受けてきた。

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