兵庫県丹波市春日町の黒井地区自治協議会が6月から毎月、しろやま交流館で開いている歴史講座「歴楽KUROI」が毎回盛り上がりを見せている。参加人数こそ10人程度と少ないが、コーヒーやスイーツの一服を楽しみながらサロンのような雰囲気の中で、同地区の歴史をテーマとした講義に耳を傾け、「へえー」「地元におるのに知らんかったわ」など、にぎやかな声を響かせている。
同協議会は、高齢化が顕著に進む今、同地区の歴史の掘り起こしは急務と考え、同地区の歴史情報交流を図る目的で同講座を企画した。来年3月まで全10回を計画しており、講師は地域郷土歴史研究家で同市の文化財保護審査会委員でもある山内順子さんが務めている。
講義中でも参加者が自由に意見を述べることができるため、話が脱線することもしばしば。しかし、脱線が話題を広げることとなり、参加者たちの「黒井をもっと知りたい」という探究心に火をつけ、また次の講座テーマになったりしている。
初回の6月は、石工・難波金兵衛が手掛けた春日神社の獅子狛犬について、第2回の先月は、春日中学校そばにある野村城について学びを深めた。
3回目の24日のテーマは「万松寺(同市春日町野村)と広見寺(同町平松)の鉄砲改め」。
鉄砲改めは、幕府による国内の鉄砲調査(所持数や種類)のことで、1689年(元禄2)に両寺が同調査に回答した文書が、同市氷上町の円通寺のふすまの下張りから見つかった。
円通寺は、幕府の命令を末寺に伝え、末寺からの報告を取りまとめて幕府へ送る役割を担う「録所」寺院の永沢寺(同県三田市)を補助する「副録」寺院だったという。
山内さんによると、丹波市内の13カ寺から鉄砲改めが見つかっており、「唯一、安養寺(氷上町)が、門前百姓が鉄砲を持っている」と回答していると紹介。また、万松寺、広見寺の文書中に久世出雲守(くぜいずものかみ)が登場することから、「野村も平松もこの時代は亀山藩(現在の京都府亀岡市を拠点とする藩)の領地だったことの証拠となる」「文字と文字の間に少し空間を空けるのは敬意を表す表現」などと解説した。
「寺に対する鉄砲改めは全国でもほとんど見つかっていないため、研究途上にあるが、なぜ寺院にまで鉄砲改めを実施したのでしょうか」の山内さんの問いかけに参加者たちは、「戦国時代、寺には僧兵がいたなど軍事拠点だったり権力者もいたので、治安維持のため」などと当時に思いを馳せながら楽し気に推理。山内さんは、「鉄砲に税金をかけるため、との専門家の意見も」「生類憐みの令で知られる徳川綱吉の時代であったことも関係しているかも」などと伝え、興味を誘っていた。
毎回参加しているという男性(67)は、「古文書をもとに地域の史実を読み解いていく話も楽しいが、口伝で『こんな話がある』といった歴史のサイドストーリーを聞くこともでき、それがまた面白い」とほほ笑んだ。
山内さんは「私が一方的にしゃべるのではなく、参加者との双方向の講座となるよう心掛けている。自由なトークの中からいろんな意見が飛び出し、いろんな視点が得られる。このことにより、皆さんの学びや興味がより広がっているように感じる」と話している。