義経奉納の「鞍」伝わる 村の「宝」「誇り」息づく 地名の由来にも

2026.01.20
丹波篠山市地域歴史注目

義経が奉納したと伝わる鞍=兵庫県丹波篠山市小枕で

兵庫県丹波篠山市小枕の春日神社には、源義経が奉納したと伝わる一具の鞍が、今も静かに受け継がれている。普段は非公開だが、毎年10月の第1土・日曜に営まれる秋祭りにだけ、人々の前に姿を見せる。

ショーケースに保管された鞍は、長さ約35センチ、高さ約25センチ、幅約40センチ。表面はキクイムシなどに食われ、小さな穴が無数に開いているものの、全体に塗られた黒い漆は時を経た今も所々残っており、所々に金泥か金箔で描かれたと思われるササの葉の意匠が確認できる。

この鞍には、こんな伝承が残る―。

1184年2月、平家討伐のため、京都から三草山(同県加東市)へ向かう途上、義経が馬で社前を通りかかった時のこと。突然、馬が身震いして動かなくなった。立ち往生しているところに古老が現れ、「ここは勝村。春日大明神、加茂大明神、八幡大菩薩を氏神として祭る地。馬に乗ったまま通るのは無礼で、神のたたりだ」と告げた。義経は「もっともなこと」と馬を降り、同神社に武運長久を祈願し、愛馬の鞍を外して桜の木に掛け、奉納した。

この出来事をきっかけに、村は勝村から「駒鞍(こまくら)村」と呼ばれるようになり、やがて現在の「小枕」という表記へと移り変わったと伝えられている。駒は馬を意味する。

同神社の宮総代代表、前川忠士さん(68)は、「代々受け継いできた村の宝物。これからもいつくしみながら大切に守っていきたい」と話している。

義経率いる軍勢は、一ノ谷の戦い(神戸市)に向かう際、丹波路(国道372号付近)を進軍ルートとしたため、丹波篠山市内の各地に義経伝説が点在する。鞍が義経のものであるのかどうかの真偽は定かではないが、静かな山里に伝わる義経の足跡は、今も黒漆の鞍に宿り、小枕の人たちの誇りとして息づいている。

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