知人から「夢の跡―黄樹庵主閑談」という大正14年発刊の本の復刻版を頂いた。松本剛吉という、柏原の出で後に代議士(神奈川県選出)になった人の語りを、側近がまとめたものだ。▼明治の初期、上京して巡査から身を興し、やがて政界に出るまで、波乱万丈の出世談。と言うと自慢話になりがちだが、その種の臭さがなく、事業の失敗談、騙された話や都合の悪いことも、淡々と描かれている。▼高知から大阪に帰る船中で知り合った、自由民権運動の板垣退助配下の宮地茂春なる人物に「大阪に貿易事務所を開いているので出資しないか」と持ちかけられ、父親に借金してまで百円を渡したが、宮地はその大金を遊郭で使い果たし姿をくらませてしまった。▼その時はあっさりあきらめてしまうのだが、自由党員の宮地とは後に、自分が取り締まる立場の神奈川県警部という関係ながら、妙な友情で結ばれ、やがては板垣や後藤象次郎に近づく道が開ける。大立て者に見込まれたのも、剛吉のけれん味のない人柄ゆえだったのだろう。▼彼の出世の鍵を握ったもう1人は、逓信大臣を務めた田健次郎。柏原出身の偉人中の偉人である。剛吉によると、柏原藩は維新時の功績により、一時は「薩長土肥」でなく「薩長土柏」と呼ばれるほどの存在だったとか。とまれ、良き時代の話ではある。 (E)